「さみだれデイズ。」
途中で手を離すなら最初から手は繋がない方がいい。
人間が弱い者に優しいのは、優しくしている自分に優越感をもってる余裕があるほんの一瞬だけだ。
フォロー0、ツイートは全て手書き、必ず落書きを入れる、という縛りで始めたTwitter-日々ジブンガタリ
もう誰の顔色も伺わない。
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間違いなく、この日記がなければ僕は
自分に都合の悪いことはすべて忘却し、
「あの頃はよかったなあ」と遠い目をするだけの大人に
なっていただろう。
もしくは陰キャがどう、陽キャがどうと、ねちょねちょ
どうでもいい定義にこだわる人間になっていたかもしれない。
そういう意味では、
くるくる変わる気分と憂鬱、
その反動のハイテンションと希望が
日毎に交錯する「30年前のありのままの自分」が
みしみしと詰め込まれた日記は、人からもらった手紙とあわせて
僕の唯一の財産であり、資産である。
ツイートやブログのようなweb日記は
僕は絶対に日記とは認めない。
どれだけ「これは備忘録」「これは独り言」と
主張しても僕は認めない。
それは君自身ではない。