1:2020.9.30

「センチメントは止まらない。」

その時はわからなくても、後でわかることがある。
というより、僕たちは後にならなければ何もわからない、
ポンコツないきものだと思ったりする。

そしてそれを後悔と呼んだり、思い出と呼んだり、
あるいは青春と呼んだりする。
勝手な話だ。

こうした僕の一連のセンチメンタルが、
甘酸っぱいかと言われれば、そうでもない。
苦いのとも違う気がする。

こんな、ドラマも何もない、ありふれた小さなことが、
僕にとっては例えようもなく美しい。

けだし僕の中身は、実に単純で平凡な人間讃歌である。
誰が何をどう言おうと絶対に歪まない、
でも最初からちょっとだけ歪んでいる、

手放しの人間讃歌である。

4:2020.9.29

「趣味。」

僕はあんまり異世界や神話に憧れたり
アニメやマンガをハマるという時期がなかったので、
もっと恥ずかしいことやっときゃよかったなと
大人になってから後悔しましたが、

よく考えるとこの手の「誰が誰を好き」とか
そういう、むしろ女子が放課後にやりそうなことを
狂ったような情熱と共に綴っており、

やってることは一緒……じゃない、
現実を下敷きにしてる分なおたちが悪い、
と汗顔の至りです。

好きな子のことを知りたかったんですよ。
でも本人には聞けなくてね。

5:2020.9.29

「猫背でいる。」

相手は自分をどう思っているのか、
好きだと言っているが本当なのか、
そんな思春期の不安は、
何度か人とつきあい別れるうちに自然と消えてゆき、

一緒にいたいなら、いたい時、いたいだけいればいい、という
気持ちに変わっていきました。

二人で一人だ、と無意識に縛っていたものが、
一人と一人でいい、と思うようになった。

その辺からだと思います。
人と出会うのも別れるのも、怖くなくなったのは。

6:2020.9.28

「逃亡者。」

こういう、自分では認めたくないこととか、
無意識にやってる逃げグセとか、
学生時代に友人や恋人に指摘されて
初めて気づいて方向修正していくものだろうと
僕は思っているのですが、

例えばツイッターやネットニュースには、
極端な失敗例ばかりがいくらでも流れていて、
それをずっと見ていたら、
何もできなくなるのは当たり前の話だと思う。

そういうネタ群と「上手くつきあっていく」なんて
無理じゃないかなあ。僕はできないな。

だから早く飽きて欲しい。
僕が学生に言うのはそれだけ。
逃げグセって大人になってからは絶対治らないから。

7:2020.9.27

「詩。」

詩の世界は、僕の大学時代の一つの象徴だ。

古今東西の名著と呼ばれる文学…ゲーテやらドストエフスキーやら
あるいは夏目漱石やら太宰やら三島やら、
10代の頃に読みふけったロマンティックな世界にやがて飽き、
ノイエ・ザハリッヒカイト的なものを求めて
哲学や物理学、あるいは宗教学的なものばかり読んでいた。

詩はカビ臭い、自己満足的なもので、
読んで何があるわけでもない、と思っていた。

それを180度ひっくり返したのが、
このマンガのような体験である。

結論を言えば、やっぱり何があったわけでもないとは思う。
ただ、詩の中…とりわけ現代詩の中…には人間がいた。

その一つ一つの言葉の中に、
学問よりもずっと僕の心を穿つ、

人間がいた。

8:2020.9.27

「閑話休題。」

「今一番がんばらないといけない時だ!」
と大震災の時に思って、

ずっとそう思って、

何もがんばらないまま10年が過ぎました。
なので何も変わっておらず、
ただ歳を食ってずっと体調が悪いだけです。

この世界は
死にたい、と言う人間に対して
じゃあ速く死ねと石を投げる世界です。
黙っておくということが出来ない世界です。

世界がつらいとは思いません。
つらくない世界を作るのに失敗したのがつらいです。

9:2020.9.27

「僕が信じたものは。」

「ぐだぐだ考えてないでさあ、サクサクおもろいことだけやろうよ」

という強烈な空気の中で、僕はずっと納得がいかなかった。
僕だけは特別な人間だと思っていた。
お前たちと一緒にするな、と思っていた。

いや、思いたかったがそれも出来なかった。
どんな単細胞だよ、と自分を鼻で嗤った。
心の中では、もっと適当に楽しく人に合わせよう合わせようと思っていた。
思っていただけで、何もしなかった。

結局何も出来ないまま、何もしないまま忘れていく。
忘れることが正しいのだと自分に言い聞かせてゆく。

記憶に強烈に刻印されるのは、
僕でない、僕の近くの人が言った言葉だけ。

10:2020.9.26

「ことのは。」

僕はマゾヒストではない。
傷ついたことを描いて喜んでいるわけではない。

この手のかんちがいは、
主語のない言語圏(主に関西)では日常的によく起こる。
傷つくというより、恥ずかしい。

なぜ恥ずかしいんだろうと考えると、
世界を自分の視点からだけ見ていたことに気づくから。

自分を見つめることは実はそれほど難しくはない。
人と接していれば自然と自分のことによく気づく。

後は自分に嘘をつくかつかないかの話だけだ。

11:2020.9.25

「音楽。」

音楽は持って生まれたものが大きい芸術です。

努力では越えられない領域というものがあり、
努力すればするほどさらにそれを思い知るという
哀しい世界です。

僕も本気で音楽をやってみようとしたことはありました。
でも村木に出会って、色々わかってしまいました。

僕の音楽はどんどんどんどん小さくなっていきました。
不思議と、ちっとも哀しくなかったのです。

僕は人前に出るのが嫌いです。
自分のためだけにする音楽が好きです。

そしてその自分のためだけの音楽を、
近くの人と小さく小さく、
でもとても深い部分で共有するのが

何より好きなのです。

12:2020.9.25

「理論武装。」

なんだかわからないけど手に入れる気まんまんな空気を感じる。
僕はもうゲーム機はいらない。

でもまあもし家内ちゃんがいなければ、
僕は体壊すほど働こうとは思わなかったし、
スキルも上がらないまま、
なんかもう、ただ生きているだけの人生だったろう。

とポジティブに考える。
ポジティブになればなるほど
憂鬱な気分が許される気がする。

わかってもらえるかな。

13:2020.9.25

「責任転嫁。」

理不尽なハラスメントをなくすのは
大切なことですが、

それと共に自分の被害者意識にも
ちゃんと向き合っておくべきかと思う。

ちょっと言葉で詰められると
不機嫌になったり押し黙ったりうつむいたりするのは、
世界に対して誠実な態度とは思えない。

色んな状態に病気や症状の名前が割り当てられたことで、
より僕たちは考えることを放棄しやすくなった。
「いや僕は○○だから…」。

シリアス展開、とか茶化してないで、
よく考えて行動した方がいい。

そういうことをちゃんと出来る余裕が持てる季節は
とても短い。

14:2020.9.24

「1999年のディストピア。-背景-」

確かに僕は「氷河期世代」ですが、
今頃になってそんなくくられ方をするとやはり愉快ではない。

僕は多分、その頃の果てしない虚無感と未来のなさを
黎明期のネットに救われた、数多い人間のうちの一人である。

最初はひかるの独白として描こうと思っていたが、
実を言えばひかるは数日うちに逃げて、
その後ちゃんと自分で帰っていったので、
大した話らしい話はしていない。

これもまた中年のジブンガタリになってしまうが、
当時の僕が経験した空気や背景と共に、
その頭の中のディストピアを描いておきたいと思う。

15:2020.9.24

「君しか知らない話をどうか僕に。」

旅は好きだった。
旅の目的は、何かを見ることではなく、何も見ないことだった。
自分を知っている人間がいないというだけで、
僕の心ははずんだ。

やがて、誰かと旅をすることを覚えた。
それは何かを見る旅だった。
目的を達するための旅だった。
僕は次第に疲弊した。

奥崎の実家に挨拶に行った。
目的は達した。

僕は君のことを知りたいと思った。
雪が降り出した。

君は君しか知らないことをたくさん話した。
僕は、そうやって人を好きになる。

16:2020.9.24

「僕の病気。」

学生時代にやっとけとか読んどけとか遊んどけとか、
僕ら大人は好き勝手なことを言いますが、
そんなもんは大して重要じゃない。

何より僕が大事だったのは、
いいとこしか見えなくなる病気にかけてくれる、
かっこいい人に出会ったことだったよ。

人と出会うって難しいですよねえ。
そんな人と出会うためには、
自分の目がまずちゃんとものを見えるようにならないと無理ですから。

何の根拠もないですが、
自分が会わねばならない人にはいつも既に出会っているんです。
その時に自分の目が見えていないから、
ただすれ違って、

それきり二度と会えません。