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4:2024.4.12 (2:57)

「奥崎。」

マキタもそうだったけど、
同級生とはどうしても上手くいかなかった。

だから同級生同士でつきあってる友人を見ると
羨ましかった。

なんとなく後輩と仲良くなることが多かったけれど、
それは僕自身年上ぶってものわかりのいいフリをしてるからで
素の自分ではつきあってもらえないんではないかと
いつも不安だったから。

同級生の遠慮のない距離感って
男同士だと楽なんだけど
男女だとどうも怖くってさ。

7:2024.4.10 (21:50)

「校舎裏。」

高校の裏は公園でした。
公園といっても整備されたものではなく、
ほったらかしの築山のような場所。

文化祭の準備で夜遅くなった時、
駅に向かう前にそこにあった小さなあずま屋で
ちょっとしゃべったりしました。

大した話なんかしなかったと思います。
ただ話したことだけが記憶に残ります。

10:2024.4.9 (2:24)

「私は見ている。」

さみだれちゃんは近しい人の死が原因でしゃべれなくなった子でした。
僕と出会った時はまだそのショックが癒えておらず、感情もほとんど表現できなかった。

時々ただじいっと見ているその目をよく覚えている。

僕もまだ20代で、僕がなんとかしてあげなければならないという使命感みたいなものがありました。
結局僕は何もできず、結果的に家内ちゃんを選ぶことになります。

正義と愛と使命だけでは誰も幸せにはならないのだと、身を持って知りました。

13:2024.4.8 (2:51)

「教室。」

必ずしも元気な時に元気な絵が描ける、描きたいわけでもなく
不安な気分が満ちてくると明るい絵を描きたくなったりするもので。

モーツアルトの天才伝説の一つに、
「人生で最も幸せな時期に最も暗い曲を、
最も悲惨な時期に最も明るく幸福な曲を作った」
というものがあり、僕はその話が大好きなんですが、

なんのことはない、
近年の研究で単に伝わっていた作曲時期が間違っていただけだと判明しました。

知ることは大事ですが
知りすぎると夢は小さく小さくなってゆきます。

14:2024.4.7 (22:31)

「いつも後ろを歩く理由は。」

「なんでいっつも後ろ歩くんや。」
と訊かれた時、僕は
「歩くの遅いし先頭は不安や。」
と答えた。

それも本音だ。
でも本音はもう一つある。

マキタを見ていたかったからだ。
もちろんそんなことは言えない。
言ってしまってもよかったけれど。

マキタは知っていた。
僕もマキタが知っていることを知っていた。

僕たちはその川辺を黙って歩いた。

15:2024.4.7 (5:50)

「原点。」

この青春モノクロームの漫画は物心ついた頃から
20代の終わりごろまで、えんえんと書き連ねた僕のひみつ&ポエム日記を
ベースにしています。

そもそもネットがない時代なので
日記を誰かに読ませようという目的はありません。
概ねその時の本音と言っていいでしょう。

でもやってみるとわかりますが、
人間て誰にも見せないひみつ日記の中ですら
本音を書くことは難しいのです。訓練がいる。

「自分に向き合う」なんて言いますが、
具体的に言えば日記に本音を書くという行為が
一番近いのではないでしょうか。

ブログやSNSで書く独り言は本音ではないと僕は思っています。
目的が必ずありますからね。
本音風の文体で書いた創作または自己紹介です。
だから特に共感することもありません。

やってみてください。誰にも見せない本音日記を。
大抵続かないと思います。
多くの人間にとって最も苦痛なことは、
自分の姿を目の当たりにすることだからです。

ごくまれにお知らせを送らせてください。 はい いいえ