1:2020.10.31

「うまくいかないひとたち。」

こういう話をすると、いつだって必ず
「時代が違うよ」と言われておしまいになる。

時代は関係ないと思う。
多分それはみんな知っていて、

つまらない人生とかそういう話をすると
うっかり自分がダメージを受けそうになるから
話そうとしないのだ。

ずっとそういう空気が退屈だった。

ぬるま湯で卑屈になっている君に
いつまで愛想笑いしてやれば目が覚めるんだ?

2:2020.10.31

「珈琲みたいな記憶。」

よく喫茶店で、
ナプキンにボールペンと珈琲を使って
絵を描いたりしました。

一緒にいる人を描くことが多かったです。

描くたびその場であげちゃうので
手元に残っているものは一枚もないですが、
もしかしたら
今でも持っている人がいるかもしれません。

でももう珈琲の香りはしないでしょう。

僕はiPadでいつも描いていますが、
初期設定で珈琲色のカンバスになるよう、
珈琲をしみこませた紙をスキャンして、
その上からペンで描いています。

5:2020.10.29

「僕が変わってゆく。」

思春期には、
一瞬でそれまでの価値観がひっくり返るような経験をする。

その自分の変わりように自分自身がついていけず、
不安になったりイライラしたりする。

ある時唐突に自覚がやってくる。
ほんの何でもない、一人で自転車をこいで帰る時に、
はっと気がつく。
そういうことか、と気がつく。

そうやって少しづつ、僕の世界は大きくなる。

10:2020.10.27

「1999年のディストピア-ヒカル③」

僕は「逃げていい」なんて思わない。
「死ぬくらいなら逃げていいよ」も正しそうでいて、違和感を覚える。

その違和感は、
逃げ場などない、
一刻の猶予もなく追い詰められた人間に対して、
あまりに他人事で突き放した無責任な言い方に聞こえるからだ。

僕が逃げていいと言う時は、
「ここに、僕のところに逃げてくればいい」という意味であり、
僕自身がその責任をとる、という意味でもある。

それを信用するかしないかは死にたい君自身であり、
それは僕とは関係がない。

僕は「死にたい」と僕を頼る人間に対しても、
常に最初から
僕に君たちを救いたい意思はないこと、
ただの興味本位であること、
ただし、決して鼻で嗤ったり、説教したりはしないこと、
でもただ聞いてるだけではなく、僕の意見は意見として言うこと、
を説明した。

それでも人はやってくる。
それほど追い詰められている。

そしてそんな追い詰められる世界を作ったのが
僕たち自身であるという罪悪感が、
テレビやネットで芸能人が適当にしゃべる、
いじめ体験や不幸な生い立ちやきれい事の「逃げていい」
に対して、

激しい反発を引き起こす。

13:2020.10.26

「1999年のディストピア-ヒカル②」

自分のことを手紙でよく「私はいじめっ子だ」と書いていたヒカルは、
実際にはきっと正義感の強い優しい子だったんでは、
と僕は思う。
誰もがそうであるように、思春期の問題は
この自分は本当の自分ではない、と思いこむところにあって、

上手くやれればやれるほど、死にたいという欲求が高まるのは
僕自身にも覚えがあった。

ただ、頭のよい子は
まだ知らなくてもいいことを、
随分と早い段階で知ってしまう。

知っていることと精神的な未熟さがくい違う。
その引き裂かれた「自分」と「自分」の葛藤が
思春期の重い憂鬱である。

14:2020.10.25

「いつまでもだめだった僕と君へ。①」

僕は小中高大学と、最後まで上手くやれませんでした。
最初はいいんですけどね、どうにも続かないのです。

甘えがひどくて、だいたい人をあてにしていました。
それを周囲に悟られないように……というより自分で見てみぬふりをしたいため、
わざと大げさに「独立・自立心」をアピールしていたところがあります。

バックパックで危険な地域を好んで出入りしたのも、
そうした自意識が肥大した結果でしかありません。

専門学校は年齢的にもとっくに逃げられなくなった25歳で
入学しました。

結果的に、僕は唯一この学校と馴染めたというか
無理やり馴染んだので、
楽しい思い出となっています。

16:2020.10.24

「僕は結局。」

僕は誰が何を言おうと、
「一人のが気楽で楽しい」とは思わない。
「人それぞれじゃん?」という聞き飽きた回答を
肯定しない。

一番のぜいたくは何かと考えると、
嫌いな人間とつきあわないということであり、
好きな人間とだけつきあうということだと思う。

そんなに一人でいたいかね。
そんなに自分のことが好きかね。

口では自分が嫌い嫌いと言うが
それは見え透いた嘘だろう。