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1:2020.9.10 (22:03)

「大人には言い訳がいる。」

用なんかないんです。

何か用かって電話で訊かれると、
答えられないんです。

さみしいから、とは言えないです。
でも結局はそういうことです。

僕は黙っています。
もちろん、それでイライラさせることもあります。

でも来てくれます。

だから、僕も同じ人がいれば、
どうしたって、行ってあげます。

2:2020.9.21 (13:13)

「ちがい。」

自分が「本当はこうしてほしかった」という
さみしい気持ちでそれを人にしてあげても、
大抵自分勝手で押し付けがましい善意になります。

人に優しくしてもらったことがなければ、
人に優しくすることはできないのだと僕は思います。

そう言うと、
じゃあそんな経験のない自分はどうしたらいいんですか、
だめなんですか、と訊かれます。

なんて答えて欲しいんですか。
大丈夫だよ、これからいいことだってある、
なんて僕は絶対言いませんよ。

わかりません、と答えます。
それは君次第です。

3:2020.9.24 (18:03)

「君しか知らない話をどうか僕に。」

旅は好きだった。
旅の目的は、何かを見ることではなく、何も見ないことだった。
自分を知っている人間がいないというだけで、
僕の心ははずんだ。

やがて、誰かと旅をすることを覚えた。
それは何かを見る旅だった。
目的を達するための旅だった。
僕は次第に疲弊した。

奥崎の実家に挨拶に行った。
目的は達した。

僕は君のことを知りたいと思った。
雪が降り出した。

君は君しか知らないことをたくさん話した。
僕は、そうやって人を好きになる。

4:2020.9.27 (23:15)

「詩。」

詩の世界は、僕の大学時代の一つの象徴だ。

古今東西の名著と呼ばれる文学…ゲーテやらドストエフスキーやら
あるいは夏目漱石やら太宰やら三島やら、
10代の頃に読みふけったロマンティックな世界にやがて飽き、
ノイエ・ザハリッヒカイト的なものを求めて
哲学や物理学、あるいは宗教学的なものばかり読んでいた。

詩はカビ臭い、自己満足的なもので、
読んで何があるわけでもない、と思っていた。

それを180度ひっくり返したのが、
このマンガのような体験である。

結論を言えば、やっぱり何があったわけでもないとは思う。
ただ、詩の中…とりわけ現代詩の中…には人間がいた。

その一つ一つの言葉の中に、
学問よりもずっと僕の心を穿つ、

人間がいた。

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