「失敗。」
「さほど仲良くもない男から何の理由もなく急にものを贈られる」が
こんなにも嫌がられるのだと、この頃始めて知った。
その失敗を話すたびバカにされ、嗤われる。
僕はすっかり懲りた。
だが心のどこかで
じゃあお前らはそこまで自分で恥を晒して失敗したことあんのかと
ずっとモヤモヤとしていた。
ページ内の表示数
「さほど仲良くもない男から何の理由もなく急にものを贈られる」が
こんなにも嫌がられるのだと、この頃始めて知った。
その失敗を話すたびバカにされ、嗤われる。
僕はすっかり懲りた。
だが心のどこかで
じゃあお前らはそこまで自分で恥を晒して失敗したことあんのかと
ずっとモヤモヤとしていた。
今思えばただの高校の部活動とは言え、
鈍感で無関心な夫、過干渉で感情的な妻、逃亡スキルだけ発達したコミュ障の子供、
そんな日本的な家庭の縮図があった。
でも仲良さを演じることで体面だけを保つ仮面家族よりは、
ずっとよかった気がする……
のも昔話だからかもしれない。
愚痴や悪口はひととなりがよくわかる。
上手に愚痴を言える人はとてもいい。
周りが引くような悪口や愚痴をよく言うような人は
自分も陰で同じことを言われている。
「ネットと現実とはちゃんとキャラをわけている」
彼彼女らは大体そう言うが、そんなことはない。
わかっていないのは自分だけだ。
この日は自分の誕生日だった。
自分はなんて弱いんだと落ち込むことは多かったが、
「自分は弱いので」と言ってしまうのはなんか違うといつも思っていた。
「弱さを持ち続けることの強さ」という言葉は
今となってみればただの甘えと言い訳だった。
2016年12月16日「プラットフォーム」のリメイクです。
5年前、枚数では5000枚ほど昔の絵ということになりますね。
僕は上手になりたいわけではないので写真や描き方は見ません。
そのかわり、好き勝手にただ描きます。
絵柄も気分でまちまちです。
楽しいですよ。毎日毎日同じことやってても。
普段描かないポーズを描くと、
全然うまくいかなくて、
ああでもないこうでもない、と
あっという間に何時間も経っている。
でもポーズ集も骨格図も見ない。
見ないと上手にはならないけど、
上手になってもしたいことがない。
カジキを自ら突きに行くこと以外は現実に即している。
最初は話を合わせようと、マキタの好きなものを聞いたり、
それをこっそり調べて詳しくなったりしましたが、
どれだけ知識を増やしてもそれで何が起きるわけでもない。
僕だけが楽しかったのです。
マキタをいつもつまらなそうな顔で描くのは、
それが僕に対する回答だったから。
「上手な挨拶」について考え込んでしまってね。
絵を描けば言葉よりも伝わると思った。
そんなことはなかったのだけれど。
同じ道を誰かと二人並んで歩き続けることは決して出来ないのだと、
ちゃんと理解したのは20歳を大きく過ぎてからだ。