2024.4.1
「1992年たち。」
ふられて嫌われるのは諦めがつくが、一旦自分で「好き」と言っておきながら、「あ、好きじゃなかった」を認めるのは覚悟がいった。
人間て勝手だ。
でもしょうがない。
好きじゃなかったんだ。
フォロー0、ツイートは全て手書き、必ず落書きを入れる、という縛りで始めたTwitter-日々ジブンガタリ
もう誰の顔色も伺わない。
ページ内の表示数
ふられて嫌われるのは諦めがつくが、一旦自分で「好き」と言っておきながら、「あ、好きじゃなかった」を認めるのは覚悟がいった。
人間て勝手だ。
でもしょうがない。
好きじゃなかったんだ。
一方的に自分の気持ちを押し付けるのが得意な僕は、
相手が自分を好きだとわかったとたん、
想定外のあまり「恋愛とは」などと言わなくていいことを語り出す。
自信がなかったんだ。
少なくとも僕は年齢とともに段々距離が遠くなっていった。20代後半からはちょっと離れて遠くから見てた方が互いにがっかりしなくて済む。
それはそれとして、「目が寄るほど近い距離」にもノスタルジーがある。