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ハセガワが絵を描き、マキタが「子供」と話す漫画

「ぐだぐだ考えてないでさあ、サクサクおもろいことだけやろうよ」

という強烈な空気の中で、僕はずっと納得がいかなかった。
僕だけは特別な人間だと思っていた。
お前たちと一緒にするな、と思っていた。

いや、思いたかったがそれも出来なかった。
どんな単細胞だよ、と自分を鼻で嗤った。
心の中では、もっと適当に楽しく人に合わせよう合わせようと思っていた。
思っていただけで、何もしなかった。

結局何も出来ないまま、何もしないまま忘れていく。
忘れることが正しいのだと自分に言い聞かせてゆく。

記憶に強烈に刻印されるのは、
僕でない、僕の近くの人が言った言葉だけ。

マキタが退屈そうに会話する様子

僕はマゾヒストではない。
傷ついたことを描いて喜んでいるわけではない。

この手のかんちがいは、
主語のない言語圏(主に関西)では日常的によく起こる。
傷つくというより、恥ずかしい。

なぜ恥ずかしいんだろうと考えると、
世界を自分の視点からだけ見ていたことに気づくから。

自分を見つめることは実はそれほど難しくはない。
人と接していれば自然と自分のことによく気づく。

後は自分に嘘をつくかつかないかの話だけだ。

ピアノを弾く村木とコーヒーを淹れるハセガワの画像

音楽は持って生まれたものが大きい芸術です。

努力では越えられない領域というものがあり、
努力すればするほどさらにそれを思い知るという
哀しい世界です。

僕も本気で音楽をやってみようとしたことはありました。
でも村木に出会って、色々わかってしまいました。

僕の音楽はどんどんどんどん小さくなっていきました。
不思議と、ちっとも哀しくなかったのです。

僕は人前に出るのが嫌いです。
自分のためだけにする音楽が好きです。

そしてその自分のためだけの音楽を、
近くの人と小さく小さく、
でもとても深い部分で共有するのが

何より好きなのです。

夫がPS5抽選応募数から家内ちゃんの価値を計算する漫画

なんだかわからないけど手に入れる気まんまんな空気を感じる。
僕はもうゲーム機はいらない。

でもまあもし家内ちゃんがいなければ、
僕は体壊すほど働こうとは思わなかったし、
スキルも上がらないまま、
なんかもう、ただ生きているだけの人生だったろう。

とポジティブに考える。
ポジティブになればなるほど
憂鬱な気分が許される気がする。

わかってもらえるかな。