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普段誰とも会わないし外にも出ない家内ちゃんにとって、
・トイレットペーパーを買いに行く
・宅急便のピンポンに出る
・夫の眉毛を切る
などは恐らく僕にとっての大学受験くらい緊張の伴うものなのだ。
よく生きてこれたな今まで。
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普段誰とも会わないし外にも出ない家内ちゃんにとって、
・トイレットペーパーを買いに行く
・宅急便のピンポンに出る
・夫の眉毛を切る
などは恐らく僕にとっての大学受験くらい緊張の伴うものなのだ。
よく生きてこれたな今まで。

僕は高校の時、ピアノの先生から
「君には受験で合格するような演奏は難しい」
と言われて、あ、そうですか、と即座に諦めてしまいました。
それは才能がないとかそういうことではなくて、
細かなミスタッチやフレーズのこととか、
ベートーベンやバッハの表現したいことを理解しているかとか、
そういう意味だったのだと思います。
普通の大学に進学し、
音大を目指していた村木に出会って、
同じ道を歩いて行こうと一度は思いましたが、やはり挫折しました。
マンガや映画なら、ここで努力する才能が開花するはずですが、
僕にはそれさえ全くありませんでした。
ふうん、と思いました。
だから趣味が似ている人とは同じ道を歩けません。
好きなものが似ている人は、怖いです。

例えば靴下をはく時は右からはくとか、
特定の行動に自分で決めたパターンがあるのは
珍しいことではないけれど、
家内ちゃんは一事が万事パターンだらけで、
これはこうしなければいけない、こうすべきである、
という自分ルールが異常に多い。
外出することさえ滅多にないので、
実家に帰省して戻ってくると
いつも儀式のように同じ行動をとる。
意識してるのか無意識なのかはわからないけれど。

養老孟司先生は「都市は意味のあるもの以外ない」
というようなことをいつも述べている。
人間を中心にした、全てに意味をでっちあげた世界なのだ。
緑があるとか空気がきれいとか、そういう話ではなく、
僕たちはその意味に対して疲れ果てる。
余呉湖も有名な桜の観光地ではあり、
それなりに人もいるわけだが、
晩秋の辺りからはまるで人影がなくなった。
長く続く沈黙の間、
僕たちは自分たちから意味を排斥する。
こんな楽しい時間はないだろう。