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当時の僕にとってオトナの第一条件は
「僕の情緒に振り回されない人」だった。

僕の乱高下についてこようとしたり、
あるいはいちいちそれに反応して不安定になる人は
当時の僕と同じ「弱者」であり、結局は共倒れになるので
一緒にいたくなかった。

自分のことをどこまでもわかって欲しい人なんて
そうそう出会わないし、いても一人か二人だろう。

本来は両親がそうなんだろうけど、
様々な事情でそうでなかった人も多い。
僕は残念ながらそういう人の言う「自己肯定感の低さ」は多分よくわからない。

でも無理に派手に共感し合わなくたって
友達にはなれるしつきあえる。
自分について逃げずによく考えてきた人となら。

若い頃途中で投げ出したヌードをもっかいやり直そうと考えて
始めてみたものの、実物でなくヌードモデルの写真を見て
描くのは思いの外難しく、鉛筆じゃなくて線で描くのも難しい。

こういう基礎的な練習は先生について習った方が
全然早くできるようになるんですけどね。

今更早く技術を習得したって一体何が楽しいんでしょう。
どうせなら長い長い時間をかけて覚えていった方が
楽しいことも長く続くのに。

人を好きになったことがないということは、
この後どうやらマキタを好きらしい自分に気づいて
それ以降まったく軽口を叩けなくなる、
あの「よくわからない自分」という衝撃もわからないということになる。

人を好きになることはいくつになったって出来るが、
あのしどろもどろを思い出として楽しく語れるのは
高校生くらいの間だけだろうと思うのだ。

何事も始めるのに遅いということはないと人は言うが、
そんなことはない。