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「雑談。」



誰もが呼吸をできる場所、みたいなものを考えると
到底思いつかない。
僕はオープンワールドのゲームみたいに
大きな目的も行動の制限もない方が楽に呼吸できるけど、
やることが決まっていてそれにただ没頭する方が落ち着くという
気持ちもよくわかる。
いつもどんなことにも迷っている。
逆に「これはこうだ」と言い切ってしまう人が怖くってさ。
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誰もが呼吸をできる場所、みたいなものを考えると
到底思いつかない。
僕はオープンワールドのゲームみたいに
大きな目的も行動の制限もない方が楽に呼吸できるけど、
やることが決まっていてそれにただ没頭する方が落ち着くという
気持ちもよくわかる。
いつもどんなことにも迷っている。
逆に「これはこうだ」と言い切ってしまう人が怖くってさ。

自分で言うとアホみたいですが、
描き方の本を見て、あるいは教えてもらって、
比率とかコツとかを効率よく学べば、
恐らく10年も試行錯誤せずとも一年くらいで
美大に合格できる程度の基礎力は得られるでしょう。
そういう意味では根拠もないのに
僕の自己肯定感は高い。
その基礎になっているのは
受験の勉強の仕方だったり、ピアノのある程度の技術を身につける方法を
既に知っているからだ。
効率のよい学習。
10代の人間には必要な姿勢だと思うけれど、
50の僕にはあまり価値がない。
ショートカットしてたどりつきたい目標がないからね。
なのでただやっている。
そして本やネットにさんざん書いてあるだろうコツを
自分で見つけた時の、あのなんか無敵感みたいなもの、
あれが欲しい。
自分で気づかないんじゃちっとも楽しくない。
そう思いません?

この絵はフィクションですが、
ぴくちゃんは頭の中が混乱してくると
ヒモや包帯のようなものでぐるぐる巻きになりたがる、
用具入れや箱のようなものに隠れたがる、
という行動をしました。
自分を追ってくるなにかから逃げたかったんだと思います。



昭和のりぼんを読みながら、またこの漫画を描きながら、
「僕が時代に全くついていけなくなった時期」をずっと考えてて、
もちろんSNSやら動画やらも関係あるんだけど、
・「バッドエンドが見れない・見たくない」という多数の意見に対する強烈な違和感
・「誰も傷つけないコンテンツ」という言葉の薄気味悪さ
に思い至った。
何年くらいだろう。2010年代後半だろうか。
「弱さを強みに!というキャッチフレーズをよく見かけるようになり、
またたくまに変質して「弱さで他人を縛り、ぶん殴る」という世界に突入した頃でもある。
そこから僕は一瞬たりとも拭えぬ薄気味悪さを抱いて
今に生きている。