お願いリニューアル前のβテスト中サイトです。デザイン、使い勝手の感想をお待ちしています。

旧サイトのようなブログ形式でだらだらと読みたい場合はこちらのページをブックマークしてください。
新着から過去に向かってすべての投稿が掲載されます。

バス停に立つさみだれちゃんの画像

さみだれちゃんと僕は10歳ほど年が違う。

何も話さないので、話で盛り上がったとか、盛り下がったとか、
そんな記憶はない。

ただ待っている。
ただついてくる。

ちょっと感傷的かも過ぎるかもしれないが、
その代わり、さみだれちゃんの感情を代弁するように、

ごうと強く、風が吹いた。

夫が家内ちゃんに昔のゲームを尋ねるが、家内ちゃんは覚えていない様子

僕の記憶力がよすぎるのか、
家内ちゃんの脳がピーナッツくらいしかないのか、
あるいは陰謀が働いたのか。

今となっても誰にもわからない。

ソファに座る男女。男性が女性を驚かせ抱きつく様子

新鮮味もなくなって、なんだかだるい空気に包まれる。
それはそれで僕は好きだったし、
そういう時ならではの気まずさとか不安とかが、
また養分になって人と向き合う養分になってゆく。

一度すごく好きな人とつきあって別れたことがあれば、
もしかしてまた同じようになるかと思うと
怯えて踏み出せない気持ちもわからないではないが、

結局何度も出会いと憂鬱と破滅をゆっくりと繰り返し、
一連の流れの中で、自分を飾らないことを覚えていくのだと思う。

いつも言うけれど、
飾らない自分でいられるかどうかは自分の心がけではない。
飾らないでいられる人間に会ったか会わなかったかだけの話だ。

遠距離恋愛の始まりと破局を描いた漫画の1ページ

今なら、と思うことはたくさんある。
今ならこんな結末にはならなかったはずだ、と。

このメールがこないだ復旧したHDDから出てきた時に、
当時は「なんて冷たいこと言うんだ、僕がノイローゼになってるのに」と
ただ哀しかったことを覚えている。

僕は甘えていただけだったのか、と
気づくのはもっと後の話。

もっと早く気付けよ、って思うでしょう?
自分のことを考えるのって結構難しいですよ。