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「ちゃんと『聞かない』人のいる世界。」
色々ちゃんと意見を言ってくれる人は必要だ。
でもそれ以上に、僕の話を「ちゃんと」「聞かない」人は
僕にとってとても重要な存在だった。
夜中に急に不安に襲われた時、
急に何かを閃いた時、
僕はしょっちゅう先輩に電話をかけた。
先輩はいつもつきあってくれた。
でもつきあわない方がよい時は、
ちゃんとつきあわないでいてくれた。
僕は考えなければならない。
一人で。
「練習の後。」
美術部の一階下にある演劇部の部室は、
元々柔道部が使っていた畳敷きの部屋だった。
文化部とは言え、体育会寄りの演劇部は、
上の階の僕たちにまで聞こえる大声で、
跳んだり跳ねたりしていた。
夏休みには、マキタが一人で練習していることもあった。
僕は一人、美術室で絵を描いていて、
声が聞こえなくなるとジュースを買って差し入れに行った。
胸が高鳴った。
「文字とわたくし。」
大体お習字の手本というと、「希望の朝」とか「春夏秋冬」とか
つまらないわけです。
なので僕は漢和辞典を携行し、琴線に触れる文字以外は
練習しませんでした。
ちなみに「障泥烏賊」で五十鈴川賞という謎の賞をもらいました。
ところで僕が高校生の頃、
女子の間ではまるっこい字が流行っていたのですが、
「○○さんへ」の「へ」にいつもヒゲが生えていました。
あのヒゲは何だったのか、今でもよくわかりません。
「スタートライン。」
全ての教科の中で美術が一番苦手でした。
画用紙を渡されても何を描いていいか、
描きたいものなど何もなかったのです。
ノートや机の落書きさえ、一度もしたことはなかった。
関係がうまくいかず、家に何週間もとじこもっていた時に、
ふと頭の中にあるマキタを描いてみたら、少し楽になった気がしました。
それが始まりでした。
今も同じです。