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君たちはいつでも僕のはるか先を駆けてゆく。
どんなにがんばっても、
少しも追いつけない。
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君たちはいつでも僕のはるか先を駆けてゆく。
どんなにがんばっても、
少しも追いつけない。

「自分の行動を妨げられること」
に対して、激しい敵意と反抗的態度をとった。
今にして思えば、
疑われるようなことをことさら見せびらかすように
していた僕にも大きな非がある。
それでも僕はいつも戦闘態勢だった。
人は生きている限りろくなことをしないのだと、
何度も当時の日記に書き綴っている。

「さみしい」という感情が本当にぶっ壊れてて、
好きなことやってる方が幸せというなら、
何も文句なんてないし、それでいいと思う。
僕の周りにもそんな人はたまにいますが、
話すことがないので仲良くはなれません。
でも僕が見ている人間の大概は、
青春の蹉跌をサボって「僕は・私はさみしくなどないのだ」と
無意識に言い訳しているだけに見えることも多く、
「わかってほしい」というテレパシーを、
どこからか発していたりする。
なんてことを言うと怒る人もいるが、
その反応が何より気にしている証拠でもある。
会いたいとかさみしいとか、
好きとか嫌いとか、そんなものは、
簡単に文字にして外に排出してよい感情ではない。
自分で気づいた時には遅すぎることだってあるんだ。

誰にでも言ってんだろうなとは思うよな。