旧サイトのようなブログ形式でだらだらと読みたい場合はこちらのページをブックマークしてください。
新着から過去に向かってすべての投稿が掲載されます。
「自然と不自然。」
養老孟司先生は「都市は意味のあるもの以外ない」
というようなことをいつも述べている。
人間を中心にした、全てに意味をでっちあげた世界なのだ。
緑があるとか空気がきれいとか、そういう話ではなく、
僕たちはその意味に対して疲れ果てる。
余呉湖も有名な桜の観光地ではあり、
それなりに人もいるわけだが、
晩秋の辺りからはまるで人影がなくなった。
長く続く沈黙の間、
僕たちは自分たちから意味を排斥する。
こんな楽しい時間はないだろう。
「そんなの僕だけかもしれないけど。」
飯食いにいってもそうだが、
どの店も当たり前のように完璧だ。
店員が態度悪いとか言われてる店だって、
僕から見れば大概は許容範囲。
その企業努力には頭が下がる。
文句のつけようがない。
ゆるい店もある。
でもそれはゆるさを徹底して追求していたりする。
さみしい、さみしい。
呼吸が苦しくなる。
「雑談。」
じっとしていられないのに何もできない、
退院後、そんな日が増えた。
もう3年経つ。一向に改善は見られない。
雑談はよいものだ。
どうでもいい話をしたい。
「孤独たち。」
僕がこれで何より傷ついたのは、
僕は勝手にムロイを仲間だと思っていたからだ。
確かに性格は嫌いだったが。
ああ、結局俺ではダメなのだなと思った。
その、「俺がいてもなあ」というぼんやりとしたがっかり気分は、
この歳になってもまだずっと続いている。
だから僕は、僕を中心として人を集めるのは得意だが、
その輪に自分自身が入っていくことは苦手だ。