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「閑話休題。」

「今一番がんばらないといけない時だ!」
と大震災の時に思って、

ずっとそう思って、

何もがんばらないまま10年が過ぎました。
なので何も変わっておらず、
ただ歳を食ってずっと体調が悪いだけです。

この世界は
死にたい、と言う人間に対して
じゃあ速く死ねと石を投げる世界です。
黙っておくということが出来ない世界です。

世界がつらいとは思いません。
つらくない世界を作るのに失敗したのがつらいです。

「僕が信じたものは。」

「ぐだぐだ考えてないでさあ、サクサクおもろいことだけやろうよ」

という強烈な空気の中で、僕はずっと納得がいかなかった。
僕だけは特別な人間だと思っていた。
お前たちと一緒にするな、と思っていた。

いや、思いたかったがそれも出来なかった。
どんな単細胞だよ、と自分を鼻で嗤った。
心の中では、もっと適当に楽しく人に合わせよう合わせようと思っていた。
思っていただけで、何もしなかった。

結局何も出来ないまま、何もしないまま忘れていく。
忘れることが正しいのだと自分に言い聞かせてゆく。

記憶に強烈に刻印されるのは、
僕でない、僕の近くの人が言った言葉だけ。

「ことのは。」

僕はマゾヒストではない。
傷ついたことを描いて喜んでいるわけではない。

この手のかんちがいは、
主語のない言語圏(主に関西)では日常的によく起こる。
傷つくというより、恥ずかしい。

なぜ恥ずかしいんだろうと考えると、
世界を自分の視点からだけ見ていたことに気づくから。

自分を見つめることは実はそれほど難しくはない。
人と接していれば自然と自分のことによく気づく。

後は自分に嘘をつくかつかないかの話だけだ。

「音楽。」

音楽は持って生まれたものが大きい芸術です。

努力では越えられない領域というものがあり、
努力すればするほどさらにそれを思い知るという
哀しい世界です。

僕も本気で音楽をやってみようとしたことはありました。
でも村木に出会って、色々わかってしまいました。

僕の音楽はどんどんどんどん小さくなっていきました。
不思議と、ちっとも哀しくなかったのです。

僕は人前に出るのが嫌いです。
自分のためだけにする音楽が好きです。

そしてその自分のためだけの音楽を、
近くの人と小さく小さく、
でもとても深い部分で共有するのが

何より好きなのです。