「再会①。」
大学に進んだ後、一度だけオータニに会ったことがある。
名古屋で女子大生になったオータニは、髪が短くなったこと以外は
高校時代のゴリラのままで、
でもゴリラの癖に何だか、
何だか、
何だか。
もう。
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大学に進んだ後、一度だけオータニに会ったことがある。
名古屋で女子大生になったオータニは、髪が短くなったこと以外は
高校時代のゴリラのままで、
でもゴリラの癖に何だか、
何だか、
何だか。
もう。
僕たちは裏切られたことはいつまでも語るが、裏切ったことは語らない。
大事なのは裏切った記憶を咀嚼する方なのに。
今まで誰も裏切った記憶がないというなら、
それは幸せなことだと思う。
ただし、幸せなのはお前だけだ。
さみだれちゃんは本当に表情も声も何一つ出さない人だったので、
今にしてみれば気持ちが通じるとか通じない以前に、
気持ちの大部分が壊れてしまっているんだなと思っていた。
でもそれは間違いだった。
憂鬱で不安な気持ちを、恋人や友達にこそ見せたくない、見せられないと思う僕と、
恋人や友達だからこそ見せられると考える彼女とはたびたび衝突し、
いや、衝突にさえなっていなかった。
僕の衝突や軋轢を避ける態度は最初は優しい人として受け取られるものの、すぐに見透かされ、彼女は泣いた。
オータニは思ったことを何でもそのまま言う。
いつも夢見がちで、ロマンだなんだとつまらない自分を何とか面白く見せようとする僕に対し、
身も蓋もない思ったままことを言い続けた。
卒業後何年かして一度だけ会ったことがある。
相変わらず悪意なくロマンなく身も蓋もなかった。
マキタの乳のことなんか考えたこともなかった。
きっと、だから僕とマキタは全然、全く、これっぽっちも上手くいかなかったんだと、
オータニは正しかったと、今にして見ればそう思う。
今まで心地よい沈黙だった関係が崩れて、
僕はなんだか居心地の悪さを感じ始めていた。
でも友情なんだか恋愛なんだかちっともわからない不思議な関係を、
僕はいやだなと思ったことはない。
掘り返してももう何も出て来ない。
友達にももうなれない。
マキタはいつも本当のことばかり言ってるように見えた。
僕は何も言えなくてバカを気取ってみせ、
バカなのか?と言われた。
なんだよもう。
僕はメンヘラという言葉がどんな人物を指すのかわからないが、
不安定な情緒を何が何でも簡単にメンヘラと言ってしまうのは愚かなことだ。
僕たちはいつもさみしい。
さみしいから一緒にいられるのだ。
僕は落ち着きがない。
何もしないでぼんやりしていることがことのほか苦手だ。
ちょっとでも時間が空くと、何かしていないと逆にストレスが溜まる。
こんな感じになった時、ちょっと起こしてしまえば済む話なのだけれど、
村木の寝顔を見ていると、とても起こす気にはなれなかった。
今思うと、こうやって少しづつ僕の時間は間延びし、
生き急いで発狂せずにすむ、貴重な休憩時間だったのかもしれない。
僕は特別暗い子が好きだったわけではなく、
特別明るい、クラスの人気者が好きだったわけでもない。
ただ、どうしようもなくガードの固い、卒のない人間が、
ふと自分の前でだけ漏らす本音のような愚痴のようなものに敏感に反応し、
例えそれがどんなにひどく歪んだ言葉であっても、
僕は彼女に惹きつけられるのだ。
僕と村木はバッハのフーガがとても好きだった。
時々上の2声を村木が、下の2声を僕が担当し、息のあったりあわなかったりする演奏をしながら、
ぽろっと僕を試すようなことを言う。
村木が何を考えていたのか僕にはわからないが、
結局は上手く行かなかった。
[su_label type=”important”]演奏[/su_label]98年頃に弾いた、バッハ/平均律クラヴィーア曲集 第2巻 第7番変ホ長調 BWV876のフーガ
日頃から情緒の落差が激しかった僕は、そう演じているわけでもなんでもなく、
目の前が全く見えなかった。
全く僕のことなど眼中にない人だけが、特に眼中にないまま僕といてくれた。