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大体の人間はこういう時目を伏せた表情をする。
さみだれちゃんはいつもなにかを見ている。

なにかをまっすぐ見ている人はとても奇妙な感じがする。
同じ奇妙な感じがする人でも
僕に不安を抱かせる人とそうでない人がいる。

それは医学や医療の話ではない。
もっと観念的で共有できない心の話。

もし家内ちゃんが
「これからどうなっちゃうんだろうどうしようどうしよう」
「何かしなきゃスキルをつけなきゃ自分を磨かなきゃ」
という性格だったら
僕は結婚していなかっただろう。

なぜならそれは僕の性格だからだ。

現代ではプライドという単語は
ほぼ悪い意味で使う言葉になってしまいまして、
同じことをなんとか肯定的に表現したいと思った人が
「矜持」なんていかめしい言葉を持ち出してみたものの、
それももうスラング的に陳腐化してしまった。

97年に初めてパソコンを触ったことをきっかけに、
「矜持のイバラ」という即興曲集を作りました。
下宿のへっぽこピアノに小型テープレコーダーで録音した
素人の遊びです。

なんせ即興自体初めてなんで、どうなるやら何も考えずに
ただ思うまま和音を押してるだけなんですけど、
そんな遊びでも曲っぽくなるまでずいぶん何回も弾き直した気がします。

矜持とかプライドとか何も生まれませんでした。
ただ無闇に必死だっただけでした。

でも必死は必死でまあいいかと
許せるようになったので時々ひっぱりだして聴いたりしています。

■「矜持のイバラ」即興曲No.1

当時は「訊いていいのか黙ってた方がいいのか」なんて悩んだことも、
20年30年が経てばどうでもよくなっている。

例え生来の傷つきやすさは変わっていないとしても、
誰も思い出に対して傷ついたりはしない。
30年分、僕たちは確実に強くしなやかになっている。

僕の記憶は僕の知らない僕を知っている数少ない人々によって補填され、
別の記憶へと順次補正される。
その正しさだけが「ひとりよがり」というレッテルから
僕自身を守ってくれる。

思い出の答え合わせ。

よくそんな昔のことを覚えているねえと言われるけれど、
描き始めてから思い出したことの方が多い。
結婚してから40代までの間は思い出すことに興味がなかった。
それどころではなかったからだ。

多分みんなそうだと思う。
けど、写真を1、2枚もっていくだけで
全員の記憶が鮮明に復活していく。
お前たちは僕以上に僕のことを覚えている。

それくらいこの空白の期間を
それぞれが一生懸命に
生きていたということだろう。

孤独はそれによって追放できる。