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「惨劇。」


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どうしてそんなにもインフルエンサー、
つまり人に影響を与える人間になりたいかと言えば、
極言すれば「自分は必要とされている」という実感が欲しいだけなわけで。
「生きることに特に意味はない」と
大いに語る人間には今までにもたくさん会ったが、
意味を求めていない人間はそんな立派そうなことは主張しない。
嘘をついている。意識的にか、無意識かはわからないけれど。
意味をもたない人間は、ただ無意味に無為に無言で底辺へ落ちていく。
彼彼女らは可視化されず、手の施しようがない状態になって
初めてその存在が見つかる。
自分でものを考える、自分の頭で決断を下す、
今までそれはがんばれば、もう少しやれば
誰にでもできるようになる気がしていた。
でも多分、できないのだ。どうやっても。
僕が100mを10秒で走れないのと同じように、
できない人間にはそれがどうやってもできない。
できると思っていた道徳側の間違いだったんだと思う。
だから諦めろと言っている。
出来ている(ように見えている)人間を妬み、
自分より下の人間を嗤う、
ひたすらにスマホを触りながら何年もそんな生活を続けたら、
別の思考に切り替えるのはもう無理だ。
タイパに踊らされてその道を進んだ人間には
それ以外の考え方で行動することは恐らくできない。
自分の何が悪いのかを考えることはタイパが悪いもの。
誰にでもわかりやすい経済的な格差の時代は、
圧倒的な格差が可視化されたことで終了しようとしている。
しかし格差の本番はこれからだ。
絶対に取り返せない格差はこれからなのだ。
それは経験と、感情と、自我の格差だ。
その格差に気付くこともできない時代がくる。
—
そんなことを考えていた。
僕はただ描いている。
自分を描いている。
何があっても描いている。
その描いている間、僕はただ自己完結をし、
何にも縛られていない。

美術準備室はモデルを頼んだ時、控え室として使ったりする部屋だ。
美術部部長の僕は鍵を持っているので、好きな時にソファを使えた。
同じクラスの演劇部マキタ、及び僕はサボり癖があって、気が向かない授業はさっさとボイコットした。
校舎の一番端にある美術準備室には誰も来なかった。
僕たちは何をするでもなく、ただ日が暮れるまでそこにいた。
僕はマキタが好きだったが、マキタは僕を好きではなかった。
隣座ってええかと訊いたら、いややと小さく言った。
—-
うつ伏せも想像で描くと僕にはかなり難しい。
ヌードの背中だけってのがまた難しいんだよね。
胸側はよく描くけど、背中だけってなかなか描かないし。
ただ描くだけならスケッチかクロッキーで十分なんだけど、
絵にしようとすると途端にこまる。
絵を描いたことある人ならわかってくれると思う。



よく少年漫画の中で
つきあい始めたカップルが名前をどう呼ぼうか迷うシーンありますよね。
○○さんじゃなくてちゃんと名前で呼んで!みたいな。
あれ現実にある場面なんでしょうか。
そんな話、誰ともした覚えがありません。
○○くんって呼んでいい?とかも聞かれたことがない。
そういうのが好きな人は
まあ僕なんぞには近づいてこないだろうしな。
—–
あー制服の裏ボタンってあったなあ。
中学生の時に見たことある。
意味がわからないので遠くから見ていました。
ファッション用語は全然僕の中に定着していません。
ファスナーはチャックって言うし、
ベストはチョッキって言います。
ボトムスって言われると装甲騎兵ボトムズしかイメージできません。