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昭和のりぼん漫画を読む夫婦。
擬人化された生き物と漫画キャラ。
30年で人も世界も変わる話。

昭和のりぼんを読みながら、またこの漫画を描きながら、
「僕が時代に全くついていけなくなった時期」をずっと考えてて、
もちろんSNSやら動画やらも関係あるんだけど、

・「バッドエンドが見れない・見たくない」という多数の意見に対する強烈な違和感
・「誰も傷つけないコンテンツ」という言葉の薄気味悪さ

に思い至った。
何年くらいだろう。2010年代後半だろうか。
「弱さを強みに!というキャッチフレーズをよく見かけるようになり、
またたくまに変質して「弱さで他人を縛り、ぶん殴る」という世界に突入した頃でもある。

そこから僕は一瞬たりとも拭えぬ薄気味悪さを抱いて
今に生きている。

女性が本音について考える漫画。
男女が話し合っているシーン
暗い背景に独白する人物。
感情表現が難しい二人の対話

こういった「自分たちだけの空気感」は
他人から見たらひどく醜く滑稽なもので。

その醜く滑稽な自分たちに気が付かないという
時点でそれは繊細でもなんでもなく、
図々しい印象として受け取られるのです。

だから段々誰もが自分を見せなくなり、
つまらない世界になっていくのは現実と同じです。

女性が一人、ベンチに座る。

村木に登場する音楽教室は、
ちゃんとした建物じゃなく、プレハブ掘っ立て小屋の2階でした。
何畳くらいだろう。グランドピアノとアップライト、電子ピアノがあって
2、3入るのが限界みたいな狭小スペースでした。

夏暑く、冬寒い、
そんな劣悪な環境だから
逆に秘密の隠れ家みたいな意識も芽生えたんだと思います。