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まだなにかを期待する心が残っていた。
修行が足りない。
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まだなにかを期待する心が残っていた。
修行が足りない。

僕は与えられたものを面白がれないのです。
自分で見つけたものは、どんなにくだらないことでも
楽しいですが。

自分のことを手紙でよく「私はいじめっ子だ」と書いていたヒカルは、
実際にはきっと正義感の強い優しい子だったんでは、
と僕は思う。
誰もがそうであるように、思春期の問題は
この自分は本当の自分ではない、と思いこむところにあって、
上手くやれればやれるほど、死にたいという欲求が高まるのは
僕自身にも覚えがあった。
ただ、頭のよい子は
まだ知らなくてもいいことを、
随分と早い段階で知ってしまう。
知っていることと精神的な未熟さがくい違う。
その引き裂かれた「自分」と「自分」の葛藤が
思春期の重い憂鬱である。

僕は小中高大学と、最後まで上手くやれませんでした。
最初はいいんですけどね、どうにも続かないのです。
甘えがひどくて、だいたい人をあてにしていました。
それを周囲に悟られないように……というより自分で見てみぬふりをしたいため、
わざと大げさに「独立・自立心」をアピールしていたところがあります。
バックパックで危険な地域を好んで出入りしたのも、
そうした自意識が肥大した結果でしかありません。
専門学校は年齢的にもとっくに逃げられなくなった25歳で
入学しました。
結果的に、僕は唯一この学校と馴染めたというか
無理やり馴染んだので、
楽しい思い出となっています。