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「高橋葉介風マキタ。」

僕はスランプが訪れるほど上級者ではないのです。
でもやっぱり画力の低さというか、どうにもセンスがないことが
やりたいことの足をひっぱるので。

時々人真似をしたくてたまらなくなります。

「僕は忘れない。」

作られたお話とは違って、僕の記憶に正解はない。
結局この記憶が、単純に決別の表明だったのか、
あるいは僕に選択を迫る村木の最終通告だったのか、
僕にはどちらとも言えないし、どちらとも思える。

ただ、一つの事実として、
僕は言われるがままに自分の部屋を出て、
肌寒い深夜の駐車場でぼんやりタバコを吸っていた。

何か考えた気もするが、多分何も考えていなかった。
村木の言葉を、言葉通り受け取っただけだった。

いずれにせよ、それが最後のチャンスだったことには違いない。
なぜならこのすぐ後に最後が訪れたからだ。

最後のチャンスは、
いつだって最後だとわからない。

「何もなくていい。」

いっそのんのんびよりレベルの田舎なら逆に描くこともあるだろうが、
うちの実家はよくあるイオンと国道を中核とした個性のない地方都市だ。

暮らすのはほどほどに快適だが、
遠方の友人が来ても特に紹介するところがない。

特に事件も起きないし、イベントもない。
住人ものんびりしている。

舞台は平和そのものだ。
だから平和でなかったのは、
僕の心の中だけなのだ。

「サヨナラダケガ。」

井伏鱒二の名訳
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

は、井伏本人は照れくさくって気に入らない、と言っているにも関わらず、
センチメンタルのスイッチを押された後年の人々によって
口々に都合よく引用され、なんだかもうわけのわからない言葉になっている。

検索するとまず初音ミクの歌が出てくるあたり、
余計に僕をげんなりさせる。

僕は小学生の時、確かに子供だった。
そして子供の僕の話を、文章を、誰も本気では理解しようとしなかった。

「子供たちの気持ちを考えて」
そんなの嘘っぱちで、大人のお前の意見じゃねえかと僕は思う。

ちゃんと子供の話を聞きなさい。
子供は僕たちが考えているほど子供ではない。