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「さみしいのは誰のせい。」

「もったいない」とか「損してる」「うまくやれ」とか
むかあしから、よく言われました。

それは「才能があるのにもったいない」という意味ではなく、
いつまでもサクサクと行動できない僕へのいらだちから
出てくる言葉なのです。

僕はもう十分今の自分には満足していて、
一花咲かせようとか、趣味を副業にしようとか、
そんな風には全く思えず、
むしろそうしたことで生まれるしがらみがイヤで
好き勝手にやってんだ、と

彼彼女らにいくら説明してもただ「もったいない」とだけ繰り返します。

僕はさみしいのです。
それは僕という人間に対して、君という人間から発せられる言葉ではなく、
ただの一般論だからです。

「不可解。」

恋愛って、恋愛から目を覚ますためにあるんじゃないかと
思ったりする時があります。

一番長くつきあった奥崎でも2年ほどだと考えると、
なぜ趣味も好みも何一つ合わない家内ちゃんと
20年近くも一緒にいられるのか、謎です。

「そんなもんだよ」で全部が過ぎ去ってゆきます。

「そういう私。」

この頃の杉ちゃんも僕と同じく、
より危ない方へ、よりダメな方へ吸い寄せられてしまうたちで、
自ら人の地雷を踏んで破滅することで、
ようやく息をしている自分を確認できる、
厄介で面倒な性格をしていた。

「本当の●●とは何か」

●●は愛でも恋でも人生でも何でもいいんですが、
結局最後は傷つくとわかっていて、
でも問わずに通り過ぎることは出来ない、
そういうある種の潔癖さをもって、

僕たちは何となくつながっていたと思う。

だから多分友だちとかではなく、
醜い部分だけを写す鏡のような存在として、
僕たちはお互いを必要とした。

「閑話休題。」

もちろん水色時代もドーベルマン刑事もそれぞれ面白いんですけどもね。

少女漫画のこう、世界が「私」と「ヒロシくん」のみで成立している、
世界の強力な濃さ、狭さが僕を惹きつけてやみません。

今「水色時代」のマンガなりアニメなりを見返しても、
とても中学生の話とは思えないほど、示唆的で含蓄があります。

たまーにこういう絵柄を描きたくなります。
星とポエムを背負った、こういう絵柄。