独り言

「読みましたボタン」から送っていただいたメッセージに対して、独り言の形を借りてふわっと返信したりしなかったりします。

2026/1/7

絶対的な正義や悪がないなんてことは、「どんな低劣な腐った人間であれ、ネットでは必ず味方ができる」という事実によってみんなが知ったことことでしょ。

あとはもう、多数決の世界ですよ。多い方が勝ち。
だから学級会だって言ってますでしょ。

学級会は本当にくだらなかった。
給食のおかわりは何杯までか、とかが議題だった。
2杯がいいのか3杯までは許されるのか、そんなことで決を採るわたくしは心底どうでもよいと思っていた。

この日の問題は、「飯を早く食っておかわりすることが格好いいと思ってるバカ」VS「そういう男子がバカすぎていらいらしている女子」だったわけで、男女のフラストレーションをどこで解消するか、という部分が本質だったわけだ。

小学校四年のわたくしでもわかるその本質を、今の世界で老若男女問わずずっとやってるのを見てたらそりゃあイヤになるわい。

わたくしはニートではないわな。
一家の大黒柱ですから。

わたくしの自尊心は、やらねばならんことを全てやった上で、更に絵というやらなくてもいいことに膨大な時間をつっこんでるところにあり、

病気を理由に仕事しなくていい、家事しなくていい、治療に専念できる!っていう状態ならなんもせずに寝てると思います。

もともと吃音(どもり)に対しては偏見はないねえ。
まあ慌てんとゆっくりしゃべったらええやんくらいの気持ちで、特にバカにしたこともない。

ただなんていうか、ぶぶぶ部長、みたいな感じじゃなくて、トゥレットみたいなこちらが何も理解できないほどひどい症状の人に会ったことがないから、そう思うだけかもしれない。

あっというまに一週間経っていた。
ほんとうに一週間が1日くらいの感覚しかない。

2025/12/31

結局今年は配信やろうと思って手が回らなかったなあ。

2025/12/30

手塚治虫の伝記漫画が人気になった吉本浩二の「ルーザーズ」を読んだ


「漫画は子供が読むもの」だった昭和40年代に、初めて青年向けの漫画誌を創刊した出版社と編集部、漫画家のドキュメントです。

わたくしはあんまりそういうメイキングとか裏話っぽいものは好きでなく、また何となく「コミケの青春」「クリエイター魂」みたいなものに強い反発を感じるんで、最初から斜に構えて読んだんですが、

いやあ、わたくしには非常に面白かったですね。
わたくしが生まれる数年前、生まれた頃、そしてその後と、知りたかった時代の空気の風潮がよく描いてあって含蓄がありました。

「昭和のめちゃくちゃ」はあるんですけど、そんなに嫌味に感じないのは、決して上手ではないけど、丁寧な絵柄に好感を持てるからだと思います。

3巻で完結ですが、読み応えはありました。恐らく作者は器用なタイプじゃなさそうなので、「ブラック・ジャック創作秘話」とそっくりっちゃそっくりなんですが、わたくしは両方好きです。

漫画雑誌創生を描く物語。

ほんとうに今年もメッセージを送り続けていただいたみなさまには感謝です。

「変にテストの点数が良くて、話すと自慢に聞こえるから話しにくい」については共感するという声もありました。

格好よく、人柄もよくて、自然と人気者になるタイプの友人が、「俺は特別女が好きというわけやないから、正直迷惑や。一人で静かに過ごしたい」と言ってたので、他人から羨まれる能力の持ち主も、本人はいろんな苦労があるんだなあと思いますよ。ねえ。

それもみんなの眼の前で言っちゃったら「自慢か!」ってなりますもんね。そういう意味でも、なんでも話せる友達っているよなあとは思いました。

長谷川家がほんとうに栄えた旧家だったら、わたくしもそうかーと当主の自覚を持って行動したかもしれませんけど、

由緒正しきただの農民の家系ですからなあ。
たまたま祖母ちよの祖父の代に、寒村の村長をやってたという程度に過ぎません。

しかし子供の頃からことあるごとに幕府と維新と戦争の恨み言を聞かされて育ったんで、よほど時代のたびに土地を奪われたんだろうと思います。

散歩のたびにあそこからここまではほんまはうちの土地やったんや、ってずうっと言ってましたからね。
父にも感じますが、農民の土地に対する執着は怨念に近いものがあるんで、よそものの侵入に対して相当に過敏なのも理解できる気がします。

まさに「好きなことをやっていこう!」みたいな感じじゃなくて、
「好きなことやるしかしょうがないじゃん」という諦観に近いものが、わたくしの心境としてもありますねえ。

楽しいより楽がいいとはよく言いますが、わたくしはどこかしら「我慢したあとの開放感」が好きで、まだあんまり楽にはなれないでおります。

あれ、もう30日か!
ばったばったしてる間に言葉でなんか書く暇がありませんでした。

2025/12/26

わたくしも大学の頃は現代美術を熱心に見てましたけど、いつ頃からかシーンを追いかけるってことはなくなりましたねえ。

どっちかというとコンセプチュアルな方面(ボイスとか河原温とか)より、「なんかぐっちゃぐちゃだけどどこかしら品がある」みたいに作家の言いたいことは無視して、きれいかどうかで見てた気がします。

嘔吐しながら自分の頭の中のものを放出し続けている姿を想像してサルトルの嘔吐を思い出し、しかしサルトルとは全然反対の健全な道を歩いていらっしゃるなあと思いました。

わたくしほぼ酔わない体質なので二日酔いの時どうしたらいいなどのアドバイスができず申し訳ないのですが、頭の中にあるものを吐き出し続けるのももしや効果的?などと考えていました。

魚喃キリコの最後のツイート…4年くらい前のものでしたが…を見てきました。

—–
絵をキライになってから、もうどれくらい経つだろう、

おそろしく遠い昔からだ。
最近、絵を描いているが、絵を描くことを好きかと問われたら、まだわからない。

ただ、すこしだけ、たのしい。
—–

やっぱりすごく同時代的な感覚を覚えます。
わたくしにもいつもこの感覚がある。

わたくしの好きな場所は、死にたいと思ったら死にたいと言え、面白いと思ったら面白いと言えるという、ただそれだけの場所なので、

つまり大学の時の、「基本だいたいのことは他人事」という空気が一番好きなんですよね。

なんかコミュニケーションを勘違いしてないかと思うことがよくあって。どうしてこう、自分の価値観を自分以外の存在に委ねたがるのかと。

アイドル的な世界、VTuber的な世界って荒れるべくして今大荒れじゃないですか。ああなっちゃうともう、積極的に見て語ろうという気も起きなくなるわけで、自浄作用を失った世界はもう終わりが見えている。

どんな人間が粘着してアンチ活動して、というのも開示請求によってだんだん衆目にさらされるようになってきた。

その結果が「自分は被害者である」と自身の正当性を決して譲らない人間の姿なわけですよ。
そりゃ本人にとってみたら「どうして自分がいじめられるんだ!いじめだ!」ってなりますよね。でも更に燃えますよね、そんな燃料投下してたら。

で、わたくしは自分の話をしなさい、自分の話だけをまず語っていなさいと言っております。

別におすすめじゃないんで、聞く必要はないんですが、被害妄想の強い人間が「僕私は」を主語にして文章書くと、かなり他人から見ている世界とギャップがあります。

まずそこから認識しないと…というか、自分を直視するかわりにやたら他人の行動を追ってばかりいると、関係は破綻すべくしてするわけで、そこに「自分実は病気持ちで」が加わると、ねえ、そんな人誰も相手にするわけないでしょう。関わってもいいこと起きる気しないじゃないですか。

そんなつまんないことを言わなきゃいけなくなってる時点で、わたくしはもうわたくしのことだけやってようって思ったりします。
数は少なくても理解してくれる人がいればそれで十分楽しいですし。

数字や証拠がなければ何も判断できない人間なんて魅力ありますかねえ。

だから、社会には必要ですよ?もちろん。
客観的証拠がなければ法治国家自体が存在できませんからね。

でも直観的な感情に対して数字で反駁してやりこめた気になっているのを見ると、いっぺん刺されて死にかけた方が人間をよく理解できていいんでは、なんて思ったりもします。

こう、被害妄想って自分ではあんまり気づかず、他人にはものすごく大きなものとして映るんです。だから世界にかなりギャップができるんで、まず認識から改めてないと無理で、しかし「認識を改める」ってめちゃくちゃ難しいわけですよ。
ま、言葉だけ適当に合わせておくくらいなら比較的簡単だとしても。

今まではあえて口に出してまで言うことでもない、と各自胸におさめていたものが、それを全部正論という形で吐き出してやると儲かることがわかった。

だから被害妄想の強い人には、いったん前に出ないでROMに回った方が今は幸せなんでは…と考えたりもしますが、これは友達でもない限り言えませんね。

あんまり精神的な病気を表に出してコミュニケーションしようとしない方がいいという話を以前しましたが、

一つにはかつてないほど、「被害者意識」「被害妄想」について厳しい世界になっているからというのがあり。

それもこれも、友達関係ならある程度ゆるゆるとラインを超えるまで許せていたのが、SNSほかネットがビジネスとして機能するようになると、結局現実で上手くいかなかったけどネットでは…というわけにいかなくなっちゃったからでねえ。

ええ。わたくしネットでビジネスとか政治思想の話をするのがミサイルを落として界隈を壊滅させたいくらい嫌いなんですが、どうしてそんなに嫌いなのかと言えば、「正論」にひっぱられる人間が大量に湧くからです。

正論なんてねえ、現実で正論ばっか言ってるやつなんかイカれたやつとして爪弾きですよ。でしょう?

そういや、浅野いにおきらーいって人、かなりいますよね。
どのへんがクリティカルにイヤなんでしょう。

わたくし全然好きで大体でてる漫画全部読んでますし、YouTubeも結構繰り返しみてますよ。

そう、わたくしスカしてる人間は嫌いだと公言してるんで、浅野いにおっぽいスカした感じが苦手そうに映るかもしれませんが。

でもなんかYouTubeで話してることには強い説得力があるんですよね。スカしてる人間の何がイヤかって「口だけでなんも出来てねーじゃん」ってのがあるので、まああんだけやってれば何でも言えるよなとは思いました。

元々イヤな気分にさせたろと思って描いてるところもあるでしょうしね。そのへんはわたくしもよくわかる。狙いすぎてる感じがイヤなんかな。

最近流行ってる「みいちゃんと山田さん」とかどうです?
わたくし「タコピーの原罪」の時も思いましたが、ああいう感じ、わたくしにとってはなんか趣味悪いなあって思っちゃって、あんまり好きでないです。

どこへいって何をしてても浮いているって感じはわたくしもありましたよ。ただし、友人の目から見れば、うまいこと場に適応するやつに見えてたと思いますが。

正解がわからない(教えてほしい)人及び世界にとって、今法律・法学にハマるのは自然な流れなんじゃないでしょうか。

筋トレが流行った時も、まあそうだろうなと思いましたよ。
要するに褒められたいんですよね。
褒められることを一生懸命やりたいというか。
それを自分の意思でやってるというのもどうなんかなとは思います。
どっちでも大した意味はない話かもしれませんけど。

魚喃キリコもお亡くなりになっておりましたかー。
専門学校の先輩です。面識はないけど。
成功者としてよく引用はされてたと思う。

岡崎京子が流行った文脈で大学の頃に結構流行った。
流行ったというのは嘘で、めちゃくちゃに魚喃キリコを好きな女子からめちゃくちゃにおすすめされたというだけなのだが。

おそらく魚喃キリコはそういう女が一番嫌いだぜ?と言おうと思ったがもちろん言わなかった。

わたくしはどうだろう。
絵はすごく達者で好き。

ひさしぶりに読み返した。「俺らの時代!」って感じがする。90年代終わりの、あの感じ。

女性が暗い部屋で落ち込む姿。
魚喃キリコ「strawberry shortcakes」

2025/12/25

元々巨大病院なのに長い時間工事して改装オープンしたら、どこに何があるかわかんなくなっちゃって、もう本当にウォーキングレベルですよ。

ほんとにつかれた…。

あ、今日はモヤモヤしないで検査を受けたので数字が比較的よかったです。

メーヘレンとかベルトラッキみたいな、贋作師の話って結構痛快なところがあって好きでね。

贋作と判明するまでは、「すごい絵だ天才の絵だ」とみんな感動して見ているわけですよ。なぜかといえば「みんながそう言うから」。

滑稽だねえ。

絵だけを見て、その絵の価値を見極められる人間なんてほとんどいないんです。絵だけじゃない。何に関してもそうだと思います。

だから人は「自分はわかり手だ」という承認欲求から逃れられないのであり、そんな卑近なものに関わってたらこっちの精神まで腐るわ、とわたくしは大学の頃の日記に何度も書いています。

わかりやすい例は食べ物…グルメだね。
ただほとんどが味なんかわかってなくて、情報を仕入れて適当なこと言ってる俗物の中で、わたくしはほんの数人、食べたスープに何が入っているか全部当てられる人に会ったことがある。

わかる人にはわかるんだなあと思った。
そしてわかる人をわかるためには、自分自身もわかる人に近づかないとだめなのだ、と思った。

2025/12/24

ハチクロはどの部分をどう捉えてるかでだいぶ変わりますからなあ。以前、ハチクロみたいな青春に憧れて、ムサビかどっかに留学した台湾の子が「そんなもんはない」とまくしたてるインタビューを見た覚えがあるんですが、あれをそういう「ありうる青春」として捉えてると、まあちょっとどうかなあという気はします。

羽海野チカからは強烈な母性を感じるんで、母性だなあと思いつつ。
ハチクロは漫画は好きで、アニメは恥ずかしくてちょっと見れなかった。

リカさんをストーキングしてた真山の気持ちはすごくよくわかります。

沙村広明ってこう、なんかもろてを挙げて「好き」って言えないところがあって、ブラッドハーレーなんかは特にそうじゃないかと思うんですけど、なんかこう、”男”なんですよね、わたくしの中で。

よくわかんない同族嫌悪みたいなものを感じる時があって、皮肉なことに絵柄の近い冬目景のじくじくした青春ポエムと比較すると、どうしてもポエム方向に目がいってしまって。

今まで聞いた大学の雰囲気から察すると、鬼頭莫宏とか大流行してませんでした?それともメジャー過ぎて反発したかな。

うちのサークルに置いてあったのが「課長島耕作」と「宮本から君へ」という時点で、だいぶお察しな感じです。当時はわたくしも漫画全然読まなかったんで、あんまり気になりませんでしたけど。

大学の時に読んだ漫画で一番何度も読んだのは坂口尚の「石の花」だと思います。

鬼頭莫宏は手首を切るのが趣味である学生が、むかし強くおすすめするので読みました。「ぼくらの」も「なるたる」も好きです両方。
ただ女の子の体型がみんな本気のロリ過ぎて怖いので、もうちょっとこう、ぷよぷよしてたらいいのになあとかアホな感想を言った気がします。

最終兵器彼女は電子版で持っています。
できれば学生の時読みたかった!と最初読んだ時思いました。

前作の「いいひと。」がちょうど高校大学の時リアルタイムで、主人公に非常に納得がいかなかったんですが、あれは逆に大人になってから読めばよかったと思いました。

なんか最近そんな風に、「あの頃出会っていれば」と思うことが多くて、ああだめだだめだとしんなりする日々です。

2025/12/22

満州アヘンスクワッド」はわたくしが連載を追っている数少ない作品だったが、作画担当者の訃報を本日のニュースが伝えている。

圧倒的に絵のうまい漫画だった。故人の意思により、代理をたてて物語を完結させるとあるけれど、あれだけ絵がうまい人の代わりとなるとなかなか見つからないように思う。

漫画『満州アヘンスクワッド』表紙。

家内ちゃんが朝まで「何食べたらいいの!何食べたらいいの!」と怒っている。

風がごうごうと強く吹いている。

2025/12/19

あんまり愛想のいい男もなんかうさんくさくて嫌ですけれども、今日スーパーで見かけた、「お客さんおつりおつり!」ってレジのおばちゃんが追いかけて渡してくれてんのに、にこりともしないで無言のまま立ち去る若い男、あれはあれでだめだと思う。

だからさあ、ああいう態度に「自分はコミュ障だから」みたいな言い訳を与えてはだめだとは思います。

実際、SNSで絵描きがよくやってるように、「応援してもらうために仲良くする」をやった方がよかったのか、自分のやり方でよかったんだろうか、そんな風に思う時もありますけどもね。

結局そんな風に愛想ふりまいて生きてた瞬間がほぼないわけですから、付け焼き刃で愛想よくしてもすぐバレるし無駄だろうとは思っています。

中島らもは「他人の話の中で最もくだらないのはゆうべ見た夢の話」とエッセイで言っておりましたが、最近夢の話もまあいいじゃないの、という気持ちになってきて、なんでもいい気分です。

先輩、ちょっと似せてしまいました。

わたくしはわたくし自身のことはもうどうでもよいのですが、マキタや村木や先輩やさみだれちゃんが褒められると大変喜びます。

ありがとうございます。

2025/12/18

明日中には間に合うかわかりませんが、同人誌版の「村木」とwebに載せてる「村木」は言葉や絵を変えたところも結構あるんで、もう10年たったしwebで完全版として公開しようかなあと思っています。

今年あまりにも財政難で今も厳しい状況が続いているんで、有料記事にしようかとも思ったんですが、やっぱ小銭稼ぎに自分の思い出を使うのってどうしても嫌だなあと思っちゃってね。

無料公開でよかったら投げ銭て形が一番いいよね。

明日は「村木」の1ページ目を描いてからちょうど10周年になります。
その間、アップしなかった日は確か入院直後の生死をさまよってた3日間くらいじゃなかったかな。

やっぱりわたくしは絵が好きなんじゃなくて、
好きな人が好きなだけなんですよね。

どんなに絵が好きだと言っても、それだけではこんなに描き残す気にはなれなかったと思います。

未練とは違います。
好きとか嫌いとか、そうした感情を何より大事なものだと価値を置いているだけなのです。

2025/12/17

わたくしの強い実感として、これも何度も書いてきたことなんですが、日常的に20歳前後の若者と接する中で、

・ゆとり世代は嘘。先生として実感なし。他と変わらん。
・SNS世代はある。特にTwitter全盛期に中高大でどっぷりツイ廃だった子の考え方には独特のクセがある。

世代でくくるのは無理がありますが、それでもどことなく感じられる世代感覚というのはあります。考え方に妙なバイアスがかかってる感じは強くある。

2000年代初頭に2chから嫌韓ブームというのがありました。
あれをまともにくらったやつはずっと韓国の悪口言ってましたからねえ。こちらが引くほどに。
もともと深く考える習慣のない人間とは、ここまで目にしたものに簡単に思考を左右されるのかと嘆息しました。

そしてその洗脳は「ブームが去る」ことによって跡形もなく消え去る、実に儚い自我です。完全に無駄なんですよ。その時間。

わたくしだって氷河期世代や弱者男性でくくられると気分悪いですが、誰かが言わないと取り返しがつかない年齢まで自分で気づくことができない、ということもやっぱりあります。

じゃんけんの前に穴の形で占うというのは、ローカルルールでも色々あるみたいですねえ。面白いね。一種の暗示とも思える。

「最初はグー」というのも、小学校の頃ドリフが全員集合で始めたかけあいだったと記憶していますが、わたくしはドリフ禁止だったので詳しくはわかりません。

最初はグー、でパーを出すお調子ものいましたねえ。
いつまで経っても決着がつかないので、学級委員のわたくしはなんだかいらいらしてた覚えがあります。

わたくししばらく前から、自分の精神疾患はSNSで言うな会話の中で強調するなと結構繰り返し言ってたんですけど、そんなこと言ってる間にまた事件起きたじゃないですか。

アイドルオタク30歳無職男性が、相手にされずに疎外感を募らせて推し活の果てに関係ない人間を刃物で刺す、とか。あったでしょ先日。

どんな未熟児なんだという話です。
そんなのばっかりです。

だからわたくしは言っておるのです。
被害妄想を直せ、または人前で言うな、コミュ障は学生のうちに卒業しろ、無理でも卒業しろ、
恋愛経験がないなら諦めろ、人に迷惑かけてんのも理解できないのなら期待持つな、と。

30代は20代と違って差は開く一方でもう取り返しがつかない季節なんですよ。だから20代の時と同じ感覚で、まだやれる、まだ大丈夫と思ってるともっと誰からも相手にされなくなると思います。

心配させたくないから家内ちゃんにはほとんど何も言わないんですが、
こういう場所を作るとわたくしは言いたいことがたくさんあって、ついつい書いてしまう。

家内ちゃんは何も知らず、わたくしをよく知らない、わたくしもよく知らない人がよく知っている。

考えてみるとすごく変な話だなと思ったりもします。

今年のクリスマスは病院のベッドの上です。

2025/12/16

今日明日の授業をのりきればしばらく授業はないので他のことに手をつけられる。

2025/12/15

永井真理子なつかしいですねえ。わたくしは好きでした。
写真集持ってましたよ。ご指摘のようにマキタにちょっと似てたから。顔は全然違いますが、髪型はあんな感じでした。

やまだかつてないテレビにちょっと出てたのと、映画ガンヘッドの主題歌歌ってた頃までが記憶にあります。

永井真理子は、当時CBCラジオで夜やってた小堀勝啓のわ!ワイド内の「ぺきんぱパーティー」という5分番組からメジャーに出ていったと記憶してます。

わたくしはさかんにハガキ投稿や電話リクエストなどをして、読まれると缶バッジがもらえました。まだ実家にあるんじゃないかなあ。録音したテープとともに。

ラジオが育ててメジャーになった歌手って結構いますよね。名古屋ローカルって特にそういうの強かった気がします。
故・川村カオリもそうですよね。

わたくしはCBCラジオをメインで聴いてましたが、東海ラジオも時々聴いた気がする。小森まなみのラディカルコミュニケーションとか。

わたくしマメなんで、読まれた日とかもらったものとか、全部日記につけてました。中学の頃がメインかな。

2025/12/14

セーラー服の襟の後ろからスカーフ出てたら彼氏募集って、自分で見えるんですかね。意図せずはみ出してそう。
はみ出し方とかあんのかな。

忘れちゃったけど、ゲイはゲイ同士通じる暗号というかそういうドレスコード?みたいなのがあるとか聞いたことあります。

わたくしは頑なに内輪ノリみたいなのを拒否してきたんで、今になってみるともうちょっとやんわりした態度でいればよかったなあとは思いますねえ。

2025/12/12

お金が絡むと誰も彼もみな嘘ばっかりつきます。

と書いた瞬間に大きな揺れがあったのでなんか怒ってたけど忘れました。

2025/12/11

そうやって子供の頃、別に好きでもなんでもないけどただ続けた、という習い事が、今になってまた面白くなってくる、そんなことをひしひしと感じています。

きれいな字を書けるようになるための練習じゃなくて、やっぱり芸術寄り文化寄りの歴史だったり作品だったりの方が好きですねえ、

なんにせよ、文化的なものがジャンル問わず好きなんだと思います。
それはきっとジャンル関係なしに、「こういうものが美しいのだ」という価値観がわたくしの中にあるからでしょう。

表現されるものが絵であれ陶芸であれ文字であれ音楽であれ、そこは<美とは何であるのか>という一点において全て繋がっているとわたくしは思います。

最近仲が悪くなってきてる(というか元々あんま仲良くない)中国についてですが、書道に関する限り、レベルが段違いです。

わたくしの行ってた書道教室も、年一回ほど中国の子供たちの交流会があったりするんですが(成績優秀者だと中国旅行に行ける)、そりゃもうね、ものすごいですよ。大陸の技術は。恥ずかしくて自分の書いた字なんか出せたもんじゃない。

書家のスーパースターがいっぱいいますからねえ。中国は。
政治は知ったこっちゃありませんが、文化はやはり偉大な国だと思います。

書道と青春を描いた数少ないマンガ「とめはね!」はわたくしも全巻紙の本で持っています。
全く書道とは無関係の主人公とヒロインが段々面白さに目覚めていく、初心者向けの話ですが、高校の世界史で勉強する程度の書道史は追ってるので、最初の入門編としてはいいんじゃないかなと思います。

月ノ美兎は面白いよね。わたくし好きですよ。
ああ大学のサブカルに寄ってるサークルにこういうのいたなあというね。やっぱりVtuberでもなんでも、黎明期に始めた人が一番面白いなという偏見はあります。

それはそれとして、わたくしは大した思い入れがなくとも、ただただサボらず続けるというのは得意でしたので、小学校1年生から大学進学で三重を離れるまで、10年ちょいくらい?同じ書道教室で週一回文字を書いたりしておりました。

そう考えると絵は習ったことがないんで、字の方がちゃんとやってる気がしますな。

そう、まあコンプレックスを解消しようとしてがんばるのも楽しいですけれど、あんまり教科書っぽいきれいな字にこだわる必要はなくて、いい加減な人が書くいい加減な字もわたくしは好きですし、几帳面な人の几帳面な字もとても好きです。

iPadで書くと、ガラス板にボールペンで書いてる感覚なんで、難易度高いですから、やっぱり紙に書いた方がいいんじゃないですかねえ。

ああしんど。。

もそもそと何言ってるかわかんない先生きらいだったなーという覚えがあって、わたくしは隣に座ってる子には騒音レベルな大声で授業をやっておるわけですが、6時間大声でしゃべりっぱなしというのを続けると、多分カラオケとかと同じでストレスが軽減する気はします。

そういう意味ではストレス解消になっているとも考えられなくはない。
ただ年々そんなことをしていると疲弊するようにはなってきました。

マイクもあるんですけどね。マイク苦手なんですよね。大声がクセになっててつい熱中すると音割れするんで。

毎日ギリギリですよ。
穏やかな老後の生活などわたくしには望むべくもありません。

ようし気合気合。
間に合った。

イライラしてる感じはしない。
わたくしはさほど以前と変わらず生活していると思う。

昨日見た、よくいるクレーマー(突然の激昂)は、わたくし自身にも起こり得る。あれはどう見ても、感情の蛇口がぶっ壊れて、激情が自分で止められない状態だった。

思い返してみると、心はさめたまま、しかし怒りをとめられないというアンバランスな状態は経験したことがある。
しかしわたくしは学生時代以降、怒りにまかせて他人にキレたなんてことは覚えがない。

せいぜい夫婦喧嘩くらいだ。
そして夫婦喧嘩は必要悪だと思っている。

それによって被る自分自身への被害の方がはるかに大きいことを天秤にかけて知っているからだ。打算とも言えるし、当然とも言える。

でも大分長いこと無理してたと考えれば、まあ無理してるわな誰でも、と答えたくなる。さきほど貼った動画の中の「自責」に近いのかもしれない。

漫画にも描いたが、昨日ラーメン屋でみかけたクレーマーは入ってきた時から様子がおかしい中年だった。50代後半だろうか。

若い女を連れていて、甲高い声で早口で「どしても食べたいんだどしても」と繰り返していて、わあいやなのが来たなあと思ってしまった。

個人店なので6席しかない。女はおなかいっぱーいなどと言うので中年は自分の分だけ買って二人で席に着いた。田舎の巨大なラーメンチェーンならともかく、混雑してる6席しかないラーメン屋で、注文しない女を座らせるという時点でどうかしている。

店員は当然、すいませんうちそういうのやってないんで、と冷たく対応した。確かに横で聞いていても冷たくは聞こえたけれど、明らかにおかしい客におもねってもろくなことにならないので、そう教育されているんだと思う。いやな感じはしなかったから。

女の前で恥をかかされたとでも思ったのか、返金処理しますので申し訳ありませんが外でお待ちを、というのが気に食わなかったようで、返金処理が行われてからまた店に戻ってきて、クレームをつけ始めた。

よく考えたら電車とか客引きのいる繁華街とか、
この手の揉め事は年一回は見る。

愚かだ。
愚かなんだが、どうしてこういう人間になったんだろうとか、現時点でも何か病を抱えているのかとか、そんなことを考える。

多分大学生の頃だったら「ゴミだ」と思って終わりだった。

道徳的には褒められたものではないが、そうやって切り捨てることができない(こうして考え込んでしまう)というわたくしの状態が、わたくし個人の不安定からくるのか、社会の歪みからくるのか、両方なのか、

両方だろうなとも思う。

ここ数年、自分でも異常なほど「意地悪」「俗悪」に対して嫌悪感があって、それは言葉が強いとか荒いという問題ではない。

改めて考えてみると病気や通院は直接のきっかけではないと思う。むしろ自分の入院をきっかけに人間性の低い、ろくでもない人間をあぶり出して切断できたんで、いい機会だったと考えている。

ここ数年でわたくしに起きた大きな変化として、

・学校の方針が変わりわたくしが考える教育とは違う方向に向かっている。
・理由の明確でない仕事依頼の減少(資産の減少)。
・年齢に付随する不安(健康面でも生活面でも)。
・ネット経由での悪意あるメッセージ

こんな程度しかない。
「こんな程度」と言いたくなってしまう辺り、わたくしは虚勢を張っているんだろう。

傷ついているという自分の弱さを認めたくないのだ。

寝ても1、2時間で目が覚めてしまうというのはもう大学の頃からそうなんで、特に今どうして?どうして?とはならない。

しかしわたくしの現状の問題点を、現時点で上手に言語化できてるかというとそうでもない。わたくしもやっぱり、自分自身の現実と向き合うには元気が必要だ。

オタク界隈、あるいはエンタメ界隈だけ、現実とは乖離した理想像というか、「創作は尊い」「クリエイターは神」のような信仰に近い極端さを、わたくしはどうもやっぱり気持ちが悪いという思いがあり、それは誰が悪いわけでもなく、強いていえば資本主義の原則であるとしか言えないわけですが。

大衆の好むわかりやすさだけを合理的として選択していくと文化は滅ぶわけで、でも段々もう、世界とか界隈とか、そんなもののために一生懸命になるのも馬鹿らしい気もしてきて、

ああまた今日も授業のための体力を温存せねばならんのに夜が明けてしまう。

AIの利用を授業に組み込んでみたのはいいが、結局「動きません」「わかりません」となり、色んなAIを渡り歩いた結果、とんでもないプログラムが完成し、そしてそれが動かないのでわたくしがいちいち全部読んでは直す、という、100倍面倒な状況が生まれました。

結論として、「一切何も知らない人間でも何か作れる」というのは幻想だと思いました。

やっぱり最初からこちらに丸投げでやらせてもらった方が手間は少ないですなあ。

2025/12/10

夫婦の後片付けの話はどうなんでしょうねえ。
わたくしも別に整理整頓が好きなわけでもないんで、ある程度はほっとらかしで平気ですが、「さすがにこれはだめだ」というラインはありますから、そこをどっちが先に越えるかじゃないかしら。

国が違うとそのへんも考え方違うでしょうねえ。
人がどう思うか、世間体があまり気にならない国の人はおおらかなのかもしれません。

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