次作へのスケッチ②
狂ったように毎日漫画ばかり読んでいる。
青年青春漫画ばかりでなく、コロコロコミックや生まれる前の漫画など、
ジャンルはめちゃくちゃだ。
オタクは整理分類が好きだよね。なんだか。
それを会話のフックにするのも好きみたいだ。
僕はカオスの方が好きだな。
整理や洗練はもうそこに何も期待しない事柄のみに執り行う。
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狂ったように毎日漫画ばかり読んでいる。
青年青春漫画ばかりでなく、コロコロコミックや生まれる前の漫画など、
ジャンルはめちゃくちゃだ。
オタクは整理分類が好きだよね。なんだか。
それを会話のフックにするのも好きみたいだ。
僕はカオスの方が好きだな。
整理や洗練はもうそこに何も期待しない事柄のみに執り行う。
やる気の出ない漫画が描きたいな。
現実をベースにしているとオチがない。
ここで青春が終わった、という出来事も何もなく、
僕はえんえんと同じことを繰り返し、今に至っている。
苦しくなってきたので一度終わることにした。
思い出は思い出のままのがいい、と思うことは多い。
先輩はいつも貝の絵を描いていた。
だから僕は貝が好きだ。
だから貝を描いた。
先輩はそんなもんいらんと言った。
先輩の絵が欲しかった。
先輩は決して人間を描かなかった。
何故だったのだろう。
見たくないものまで見えてしまう先輩。
貝のように貝ばかり描く先輩。
技術が低く、まだ自分の思っていたことを
漫画にちゃんと形にできないのがもどかしい。
高校の頃は、気を遣っていそうで近しい人間には全く遠慮がない、
心の中でゴリラのようだったオータニが、
時間を経て妙な気を回し、自分の罪悪感を消そうとする様子は
少しショックだった。
青春てなんだろうな。
僕はただやっと思い出になった僕の思い出を、
とうとうと思い出話として話したかっただけなのに。
僕が手紙を好きだった理由は、メールがここまで普及した理由と同じだ。
リアルタイムで好きだと言ったり嫌いだと言われることが
怖かっただけなのだ。
雨が降っていた。
マキタも僕も、何もしゃべらなかった。
「断ち難い片思いの未練」と「絵に描きたい」は
僕の場合は別れていて一緒ではない。
絵に描きたい人と好きな人も全然違う。
いっぱい描いて、その人と仲良くなれたことは全くない。
これはあれかな、アニメキャラを好きとか、
そういうのと同じことなんだろうか。
いやちがう。
断じて違う。
夜中になるとTwitterにしろ何にしろ、
憂鬱で孤独なツイートが増える。
僕自身も、夜中に絶望的に襲ってくるあの孤独感を知っているだけに、
そうした暗いツイートもわかる気がする。
パソコンなどない時代の大学生である僕には
夜中の孤独を吐き出す場所がなかった。
でもただただ蓄積していく憂鬱が、
今となってみれば何がしかの原動力だったのだと知る。
言葉で気楽に吐き出さない方がいい。
それはきっと、君を薄っぺらい人間にしか育てない。
僕が大学生になってパソコンに初めて触れ、
初めてマウスで描いたこれ↓を
より詳細に描くと今日のようなマンガになる。
気を引くためなら手段を選ばないようなところはあったが、
それは誰にでもあるんじゃないかと思う。程度の問題で。
顔も性格もダメだと思ってしまうと、
あとは努力くらいしかすることがなかった。
それは恋愛でも何でもない、自己愛に近い原始的な行動だったけれど、
でもまあ、うん、一生懸命だったんだ。
「僕はクズだ」
と言える人間はクズになんかなれない。
僕は自分はまったくクズでなく、
心の底から天才だと自分を思っていた。
というのは嘘で、
天才だ、天才なんだ、と暗示をかけること以外、
することがなかったんだ。
しなければならないことは山ほどあったのに、
することがない、とため息をつきながら、
うろうろと京都の街を歩き、
気に入らねば見も知らぬ他人に暴力をふるい、
狭い狭い世界の中から、その狭い世界を否定する、
バカなのか。
バカだったのだ。
さみだれちゃんには色んな背景があって、
複雑な家庭環境だったりだとか、諸般の事情でああなっていたのだったが、
心が壊れているかというとそうではなく、
ものごとをじっとよく見ていた。
アウトプットが0の人間もいたっていい。
オータニが僕に語ったマキタの本当の気持ちは、
今ではもう忘れてしまったけれど、
とにかく僕とマキタはどことなくよく似ていて、
しつこく、
諦めが悪く、
根に持った。
何かもう、色々気を遣ってイヤだったな。
学生の頃の痛みって、学生が終わる頃にすっかり癒えて
何か別の痛みによって塗り替えられてしまうものだと思う。
でも何だかそれがもったいなくて。
忘れてしまう自分がいやで。
僕はもちろん、今何かをひきずって、
いつまでも傷ついているわけではなく、
それどころかどんなに傷ついたとしても、
寝て起きればすっかり元通りになっている。
何にも本気になれなくなったからだろうか。
上手に生きていけるようになったからだろうか。
多分違う。
僕は知ったからだ。たくさんのことを。