「わからない。」

自身の生きづらさと社会を問う漫画

わたくしは「頭がおかしい人」を「頭がおかしい」と思ってなかったから
好き嫌いで人を選んでいたわけです。

医療や福祉のラインで決められて、それが基準になってしまうと
自分の中に明確で恣意的なラインが生まれてしまった。
例えば自分の理解できないこだわりを見せられただけで、
「おもしろい」と思う前に「おかしい」と反射的に判断してしまう。

これが実に苦しい。苦しくてなんとかしてもらいたい。
しかしそこに医療が出てきて「それはこうこうこういうことですよ」
と言われたらそれこそ本気でわたくしも狂ってしまう。

だから差別主義者になってしまった自分があまりにつらくて、
漫画にもしょっちゅう描く。
これは自他境界が曖昧だという話ではない、
哲学と倫理の大問題だとわたくしは思う。

ぴんと来ないかもしれない。わたくしも恐ろしくて
あまり深く考えなくなった。

ただ、ただの直感として、
これはだめなんじゃないかと感じている。

【翻訳用】AIによるこのマンガ・イラストの説明

この画像は、過去の自分がASDやADHDといった特性を気にせず無邪気だった一方で、現在は「変な人」と見られることを恐れる心情を描いている。かつて「青春」や「恋愛」と称した感情や出来事の多くが、現代社会では「○○障害」「○○症」「グレーゾーン」といった医療や福祉の言葉に置き換えられている現実を指摘。その結果、自分の青春が「笑えないもの」と映ることへの複雑な感情を吐露し、「みんな本当にこれで楽になったのか」と問いかけている。

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