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迷惑をかけたので一言謝りたい、という気持ちは
身勝手な未練でしかない。

自分の気持ちばかりを優先して
再三相手から発せられたサインを見落とした僕や君たちにできる誠実は
ただきっぱりと忘れて
別の道を歩いていくことだけだ。

感傷的になる夜はあっていい。

しかし夜が明けていつまでも棺桶のようにそれを引きずっていけば
例え二度と会わないとしても
永久に未練を上塗りしているだけ。

それを何度も繰り返して
僕たちはほんの少しづつ自分にどろどろとこびりついた
粘着性のエゴから解放されていく。

本当に自分で気づかないほどの微量を。
長い時間をかけて。

あの苦しみが
思春期の苦しみだと僕は思っている。

今までなーんにも考えたことなかったんですが
絵柄を根本から変えようとするとペンの持ち方から
変えなきゃいけないなんだなあと最近思い知りました。

僕ねえ、自分が不器用だと本当に思ってるんですが、
心のどこか、多分2割くらいでは「とは言え出来る」とも
思い込んでいる。思い込もうとしている。

やってみると全然できません。
しかし全然できないことを知るためには
やってみないとだめで。

いつまでこんなことやってんでしょうね。
学生みたいなこと。