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「理解する季節。」

ピアノの前で座っている二人。
男の子がピアノを弾く瞬間。
男性が考え込み暗い表情。
女性が空を見上げ考え事をするシーン。

僕の中にある強い考え方の一つに、
「好かれるのに理由はないが、嫌われるのは必ず理由がある。」
というものがあります。

マキタが弱っている。これはチャンスだ。
これはエゴです。しかし
ああ僕はそんなことを考えてしまった。最低だ。
これも同じレベルのエゴです。

優しさから最も遠い位置にあるものです。

「努力の方向がズレている。」

「アニメの話で盛り上がる」

ニワカはだめだなという話です。

ただ一方で、話題作りのために努力すること自体は悪くないと思いますし、
それがなかったら自分の枠が広がらん気もします。

久しぶりにライジンオーを何話か見てみましたが、
昔の子ども向けアニメってかなり強い道徳を含んでいて、
今みるとこういうの作った方がいいんじゃねえのと思いました。

「何もかも繋がっている。」

子供がぬいぐるみに喜ぶ漫画。
子供たちが犬の人形と遊ぶ漫画。
ぬいぐるみ、新旧比較で微妙な違い
生徒と先生の会話シーン。

僕はぬいぐるみに名前をつける方ではなかったし、
また目鼻がとれても割と平気というか、
布切れでも残っていればそれを愛せる人間でした。

ただし、目鼻のないイモムシのような布切れを
肌身離さずもっている僕を、
両親は相当おかしいと思っていたらしく、
親戚の医者に相談したことあるとも言っていた。

こう描くとセキグチととしえちゃんが
極悪な人間に見えるけれど、
そんなに怒っていたわけでもない。

むしろ漫画にはあまり描いてない、
近所の里芋みたいな男児たちが勝手にやってきて
あらゆるものを盗んでいく、それが一番いやだった。

僕からだんだん物欲が減っていったのは
そのような経験からだと思う。

マキタがたまたま休み時間に
「あれええなあ。ほしいわあ。一個しかないからすぐなくなるわ」
とオータニと話してて、
その瞬間に僕は学校を飛び出してジャスコで
そのぬいぐるみを買ってきた。

もちろんマキタに喜んで欲しいと暴走したのも確かだが、
ピンと来たぬいぐるみはその時点で買わないと、
顔が違ってたりなんだったりで、二度と出会えないことを
僕はよく知っていたからだ。