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手紙と日記は違う。
手紙を好きになりましょうなんて僕は言わないが、
日記は未来の自分への投資だと思うので、
結構人に勧める。
まあずっと続ける人なんてほとんど見たことないですが。
僕は妄想が好きでない。
夢を見るのも好きじゃない。
目の前にある、
それそのものが、
過不足なくそれそのものであることに
喜びを見出したい。
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手紙と日記は違う。
手紙を好きになりましょうなんて僕は言わないが、
日記は未来の自分への投資だと思うので、
結構人に勧める。
まあずっと続ける人なんてほとんど見たことないですが。
僕は妄想が好きでない。
夢を見るのも好きじゃない。
目の前にある、
それそのものが、
過不足なくそれそのものであることに
喜びを見出したい。

人に優しくして欲しいなら、
自分がまず優しくならないといけない。
でも自分はそんな風にどうしてもできない。
なら時間をかければいい。
と僕は考えた。
僕の学生時代だって手紙はとっくに時代遅れだったさ。
手紙で、っていうといやがられたよ。
じゃあいやがられないように説得すればいい。
僕の手元に残った手紙には、
もちろん辛辣な言葉もあるけれど、
優しい。
読み返すだけで、優しくなれる。

僕はもともと漫画が好きではないので、
よほどのことがないと読まなかったのですが、
高校生活、とりわけ
マキタと同じクラスになった高校2年生というのは
よほどのことだったのだと思います。
後から考えてみると、
こういう「髪が短くてちょっとめんどくさい人(キャラ)」
つまりマキタのような人物をタイプとして、
それを自分の中で引きずってる間は、
誰とも上手くいきませんでした。
結局僕は、見た目はどうでもよくて
ただ「めんどうな人」が好きなんだなと思います。

僕は僕が思春期に出会った数人の人間によって
形作られている。
そうはっきり断言できるほどに、
僕は人に夢中だった。