「清潔な憂鬱。」

2021.12.5

言葉を書いていると簡単に拡散する。
朝起きると数字が何万何十万となっている。
その度に必ず不快な思いをする。

野次ややっかみも不快だったが、
それ以上に「何も言いたいことが伝わっていない」
という不快さだったように思う。

僕は描く。
絵なら強くメッセージをこめて
あるいは徹底的に消費者に媚びて
誰でもわかるような過剰な演出を加えない限り拡散しない。

僕はいつも憂鬱だった。
その憂鬱は、清潔だった。