お知らせサイトは絶対に閉鎖しませんが、現システムを捨て、90年代の技術に戻す作業をしております。

旧サイトのようなブログ形式でだらだらと読みたい場合はこちらのページをブックマークしてください。
新着から過去に向かってすべての投稿が掲載されます。

人のその顔を見て初めて
自分が優しくもなんともなかったことに
気づいたりする。

自分が持っていない優しさを人に求めても
返ってくるのは沈黙ばかり。

■1995 / ”Wohl mir, dass ich Jesum habe – Jesus bleibet meine Freude”

古いラジオみたいな音質とか
後ろでゴソゴソいってる物音とか
その30年前の音を聴いてると、
恥ずかしさのあまり捨てたりしないでよかったとは思う。

30年前の自分と村木が何を思っていたのかはもうわからないけれど。