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「おきもち雑談。」

こういう煽り文句は90年代からあって、僕も比較的早くから接していました。

そうした匿名掲示板の中では逆に「お前」「こいつ」「死ね」が普通で、
難しい漢字を使ったりわけのわからない高尚そうなポエムを書いたり、
真面目ぶったりすると一発で総攻撃に遭う、という文化だったわけです。

そこに選民意識や一体感があったんですよ。
腐った偽善的な世界ではない俺らの居場所、のような。
卑屈ですがあれはあれで必要だと思った。

ところがそうした文化など何も知らない多数の人もSNSを使い始め、
普通だったことが急に誹謗中傷になってしまったわけで、
昔からその文化圏で育ってきた人にとってはそりゃあ許せない。
タバコやフェミニズムの問題ともちょっと似てる気がします。

それはそれとして、
僕は以前自分の生徒が言った
「Twitterで真面目なこと書くとか、空気読めないやつみたいじゃないですかw」
がすごく引っかかってね。

それは君がフォローしているタイムラインが
真面目なことを書かないタイムラインになっているだけじゃないのかと思った。
空気を読んでるんじゃなくて自分で作った世界に流されてるだけじゃないの、と。

こういうの、使い分けるのが上手な人はいいんですよ。
僕は下手クソでねえ。向いてないんだと思います。

多分メッセージでわざわざ送らないだけで、
漫画の中の「僕」の自意識やエゴについて腹の立つ人はたくさんいると思います。
それは仕方ないな。公開してる以上は。
でもそれはそっと無視する、あるいは二度と見ないという方向で
解決しているのが現時点での空気の読み方だろうと思います。

昔はどんなこと言われても反撃できませんでしたが、
今はすっかり簡単になって個人を特定できるようになっちゃいましたからね。
それはそれでストレスのたまる世界ではありますが、もう仕方ないだろう。

僕自身時々これはアウトだろうという言葉をぶつけられたりしますが、
それでも結局描くものは変わらず、描きたいものもずっと同じです。
そうでないなら絵なんてやめてしまえばいいと思っています。

「キルヒナーの絵があるヌード。」

リンク:【美術解説】エルンスト・キルヒナー「ドイツ表現主義運動「ブリュッケ」の設立者」

エルンスト・キルヒナーはムンクやマティスの流れを組んで
既存の価値観を破壊し、新しい芸術の流れを作ろうとした20世紀ドイツ表現主義の前衛画家。

ナチス・ドイツによって「退廃芸術」の烙印を押され、
その数年後、ピストルにてスイス・ダボスで自決。
こないだ経済会議をやってたそのダボス。

—-

僕はマティスはよくわからなかったが、
ムンクやキルヒナーは好きだった。
単に暗いのが好きだっただけ。
暗く憂鬱な現実だけが真実で、
幸せで豊かで何もかもうまくいく世界はご都合主義の妄想だと思っていた。

今はもちろんそうではない。
でもそんなものは卑屈な青年の独りよがりだとは嗤えない。

今も大人や大人的なものの考え方を嫌う何かは僕の中にくすぶっている。
ただ、もうそれを誰かに理解し共感してもらいたいとは思っていない。

「純粋もピュアもただ迷惑なだけだ。」

「ネットの怖さ」については誹謗中傷だったりエコーチェンバーだったり
色々と考えてきたけれど、

「誰も何も本当のことを教えてくれず、
 ただただひとりぼっちになって
 しかもそれに自分では気づくことさえできない」
ということじゃないかと今は思っている。

それは人間関係とは言わない。
気楽な環境に依存してしまうと
ずっとずっとぬるま湯のまま手遅れになって
それを誰も何もしてあげられない、
考えるととても恐ろしい。

—-

好きな人を夢で見た話、色々メッセージをもらいました。
個々に返信すると内容バレちゃうんで差し控えますが、
僕はあなた方が遠い昔(かどうかわかりませんけど)、
人を好きになり、仲良くなり、そして離れていったその軌跡を
自分語りとして教えていただけるだけで温かい気持ちになれます。
ありがとうございました。