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もし僕が今高校生だったら、
本人と仲良くなる前に
第三者からこういうの見せられたら
きっとイヤだったろうなあと思います。
本人もイヤでしょうしね。
スマホがある高校生活をずっと想像していましたが、
僕はきっと誰も好きになることなく、
好かれることもなかっただろうと思います。
勘違いが許されないだろうから。
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もし僕が今高校生だったら、
本人と仲良くなる前に
第三者からこういうの見せられたら
きっとイヤだったろうなあと思います。
本人もイヤでしょうしね。
スマホがある高校生活をずっと想像していましたが、
僕はきっと誰も好きになることなく、
好かれることもなかっただろうと思います。
勘違いが許されないだろうから。

「人を好きになれない」
「どうやって好きになればよいかわからない」
そんな話をよく聞くようになりました。
といって、自分のことを考えると、
「これをこうしてこうなったから好きになった」
なんて説明はできない。
表現としてはロマンティックすぎるかもしれませんが、
でもまあ、「好きになった時」を正直に描くと
こんな感じです。
明るくも爽やかでも何でもない。
僕はただ、自分が嫌いだった。

お互い歳をとったねえ。
ちっとも変わらないけれど。

一応恋愛とか青春とか、そんなものをテーマにはしていますが、
僕は男であれ女であれ、ただ会いたい人がいつもいたのです。
それが恋愛なのか友情なのか、
その辺を語るのはみな好きですが、
僕にとってはどうでもよいことで。
といえ人類愛とも博愛とも違うこの「会いたい」という感情を、
人は勝手に恋愛もしくは性欲と結びつけ、
なんやかんやと解説したがる。
ただ「会いたい」だけでは
何故誰も納得しようとしないのか。
何がしたいわけでもない。
ただ会いたいだけなのに。