旧サイトのようなブログ形式でだらだらと読みたい場合はこちらのページをブックマークしてください。
新着から過去に向かってすべての投稿が掲載されます。


僕が何故「出来事から20年経過したものを描く」というルールを設定しているかと言えば、
失恋や出会いといった「感動」の直後は、自分を相対化することが出来ないからだ。
一方的な自分視点でしかものを見られないうちに形にしたものは、
最終的に自分を貶めることになることを僕はよく知っている。
■台風被害にあった頃のその料亭のニュース映像■
旧サイトのようなブログ形式でだらだらと読みたい場合はこちらのページをブックマークしてください。
新着から過去に向かってすべての投稿が掲載されます。


僕が何故「出来事から20年経過したものを描く」というルールを設定しているかと言えば、
失恋や出会いといった「感動」の直後は、自分を相対化することが出来ないからだ。
一方的な自分視点でしかものを見られないうちに形にしたものは、
最終的に自分を貶めることになることを僕はよく知っている。
■台風被害にあった頃のその料亭のニュース映像■

自分がまっとうな人間なのか、大丈夫な人間なのか、
自分自身で証明することはできません。
ただ、僕はまっとうな人間を知っています。


内弁慶でも人見知りでもコミュ障でも無能でもなんでもいいんだよ。
一緒に生きていこうという気持ちさえあれば。


頑なに「人それぞれ」を貫いていくと、
永久に目が覚めない世界になってしまう。
僕たちの世界観はいつも不毛な現実によって
破壊されなければならない。