「『自分』は探すのではなく飽きるのだ。」2020 .05.21 大学編 奥崎 村木 #1ページ #学生時代切ない 憂鬱思春期が高齢化しているのは、「僕」「私」という物語を、自分自身で飽きて捨てる必要がなくなっているからではないかと思うのだ。自我はその幻想の物語に飽き果てた時点からスタートするのだから。ハセガワは村木が去ってもピアノを弾き続け、オズ先輩がアトリエを去っても絵を描き続けた。奥崎が「死にて」と言うハセガワに「死んでみて」と挑発する。しかしハセガワは結局死なず、「自分」などどうってことないのだと達観する。 しおりをはさむ×お気に入り度☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 送信送信が完了しました項目を入力してください関連記事 1Pさみだれデイズ2020.02.16 21:50 「石の卵。」 1P大学編2019.11.24 02:14 「深夜の公園の大学生と高校生。」 4P大学編2023.04.06 23:10 「思い出パズル。」