給食の牛乳の共通記憶として、「飲んでる途中に笑わされて吹き出す」がありますが、紙パックになってからもそうでした?
なんでこんなつまんないこと描きたいんだろう。 くたびれてんだと思う。
セリフ
1ページ目
- 給食の牛乳はまだビンだった。
- ビン自体はかなり汚かった。
- 「給食当番のハズレ牛乳係」
- 1クラス50人だから、毎日2箱ちょい運んでたことになる。
- 給食後に空のビンを運ぶのも相当重かった気がする。
- 当然のように男子の役割だった。
- 「重たいからたのむわ」
- 「給食室までとりにいってたのか」
- 「各階に運搬用エレベーターで運ばれてたか覚えてない。」
2ページ目
- 「昭和52年生まれ」
- 3つ下の妹と家内ちゃんは「紙パックだった」と言う。いつ頃変わったんだろう。
- 小中9年間見てたわけで、ふたのデザインはよく覚えている。
- 切手・野球カード・牛乳ビンのふたが収集趣味の定番だった。
- 毎日誰かは牛乳をひっくり返し女子は泣くし男子は笑うし
- そんな思い出もわたくしたちの世代までか。
- 中学は給食がなく、牛乳だけ配られた。
- 「なぜ?」
- 卒業までビンだった。
- 「ぬるくて苦手な子が多かったんで人の分まで飲んでた」
このイラストは、給食で牛乳を運ぶ役割についての思い出を描いている。クラスでは男子が牛乳瓶を運ぶのが当たり前で、瓶は重く汚かった。給食後に空瓶を運ぶのも大変だった。昭和52年生まれの作者は、当時の給食では牛乳しか出なかったと振り返るが、その後紙パックに変わったことや妹の時代の変化にも触れている。牛乳の蓋や切手、野球カードの収集が流行っていたことも思い出されている。

