僕は「男女の恋愛とかほんとくだらねえw」と
大人が言いたくなる気持ちも理解した上で、
そう言ってしまいがちな人間も空気も好きでない。
昔の自分の失敗をネタに変えて
「それが大人ってもんだよ」と言いたげなあの卑屈な感じが
僕がかつて憎んだ、話を聞かない大人像そのものだからだ。
よく見るといい。
その話で笑っているのはたいてい自分だけだ。
では今そうした青春の渦中にある人々に
なんでも共感するかというとそうでもなく、
ただ「そうか」と遠くで見ている。
僕も褒められた人間ではない。
真面目になれるのは自分に関係したことだけだ。
その真面目さは鬱陶しく、気恥ずかしい。
それを自分自身で否定するため、時々日記を読み返す。
> 「知らんけど」の「おばあちゃんなのだ」という言葉
先輩の言ったのがおばあちゃんという言葉だったかは正確には覚えていませんが、
おじいちゃんではなく、なんかこう、男性性を感じないということはよく言われたので、
おばあちゃんとかおばちゃんとか、そんな感じの話だったと思います。
セリフ
1ページ目
- 18歳のクリスマス日記より。
- 2024.12.25
- 「そうか。」
2ページ目
- 片思いは全てが自分の妄想だった。あの苦しみは僕が一人で創り出した創作の苦しみだ。
- 2024.12.25
- 「俺ほんとうはヨシダのことそんなに好きじゃない。」
- 「いや違う違うそんなことない。」
- 「なんです?」
- 今のこの気持ちがきっと現実できっと恋愛なのだ。
ヨシダとハセガワが冬の夕暮れに並んでいる。ハセガワは過去の片思いの苦しみを自分の妄想が生み出した創作の苦しみだと振り返る。ヨシダはハセガワの言葉を否定するが、ハセガワは今感じているこの気持ちこそが現実であり、真実の恋愛であると確信している。二人の静かなやりとりが、恋愛の複雑な心情を映し出している。

