大学生になった「僕」はピアノが流れてくる教室の前で足をとめた。 1994年、わたくし自身が経験した恋愛の始まりと終わりを、2016年、初めて漫画という形で描いた記念碑的な恋愛漫画。
本編
I.プレリュード
II.アルマンド
III.クーラント
IV.サラバンド
V.パスピエ
VI.ジーグ
VII.エピローグ
VIII.村木ハルカ
書籍板後書き
当時の様子
10年後の記念イラスト
改めて当時のファイルをまとめていると、よくやったなあという感想しかありません。 当時はSNSのアカウントも違い、有名人とも繋がっていたことから結構拡散してもらえて、 それでも作ったのが確か300部、売れたのも300部。400だったっけ。覚えてない。
二冊目を作ろうかなあと思ってる間に入院したりでそのままになってしまいましたが、 多分趣味としてはこの一冊以上に手間も時間ももうかけられないと思います。
10年経って処分してしまった方もいらっしゃるでしょうが(全然構いません)、 わたくしは少なくとも大満足でした。 不満があるとすれば絵も漫画も初めて描いたから下手だったということです。
でもまだ何でもいいから描きたいという情熱は 一秒も途切れることなく10年間継続しています。
その中でわたくしの発し続けているメッセージは一つ、 今、あなたは誰が好きですか。
です。
届きましたか。あなたに。
2026.3.25
セリフ
7ページ目
- 大学の入学式を控えた3月。引っ越しを終えた僕は大学周辺を散策する。
- 「この辺も田舎だな…うちと変わらん。」
- 「お、バッハだ。」
- 「平均律1巻21番変ロ長調プレリュード。」
- 「超うまい……」
- 「……が。」
- 「んん……?これこんな曲だったっけ?」
- 効果音ザワザワする・・・・
- 「なんスか?」
- 村木17高校二年生。
- どうにもこの時だけ気になった。誰が弾いているんだろう。
- 効果音ピーンポーン
- 「はーい」
- 効果音バタバタバタバタ
8ページ目
- 「突然すいません。平均律が聞こえたので気になって……。」
- 「あー」
- 「見学っスか?どうぞどうぞ!見学どうぞ!とりあえずまあ中に中に!」
- 「ピアノ教室だったか。なるほど。」
- 「ここね、まだ看板も出してないんスよ。始めたばっかなんス。先生今ちょっとお昼で。」
- 「どうぞ。」
- 「ども。」
- 「何か弾いてみます?」
- 「いえ……」
- 「じゃああたし練習してていいッスか?受験生なんスよね!」
- ……高校生だったか。ずいぶん世慣れてる。
- さっきの平均律…うまいけど何か変だけど、すごく好きだ。あんな風に弾けたらな。
9ページ目
- I.Prélude
- 土偶先生が戻ってきて、
- 「まあまあまあまあいらっしゃい いらっしゃい まあまあまあまあ」
- 「自己紹介タイム。」
- 「まあまあ・・・だわ。」
- 「ハイあなた我が教室に入会しなさいイイですねイイですね?ありがとう。」
- 「ハイじゃあ来週合同演奏会&コンクールがあるのでそれに参加するイイですね?ありがとう。」
- 土偶先生の押しの強さもあったが、
- 「僕はザワザワした。村木のピアノに。その正体を確かめたかった。」
- 「村木さん・・・か。あと土偶。」
- 「……わかりました。」
- 「やった、先生 初男子よ男子」
10ページ目
- 「おはよっス!」
- 「…おはよう。」
- 「バーン」
- 僕は大学の入学式前。
- 毎日教室に行き、朝から晩まで一緒にいた。
- 土偶は忙しく、いなかった。
- 効果音ぴょぴょぴょぴょぴょぴょ
- 頻繁にポケベルが鳴る。
- 女子高生だなあと思う。
- ……あまり楽しそうでもない。
- 「あそこはドーンスカね?」
- 「いやバーンかな。」
- 効果音ダッ
11ページ目
- 僕は雨男。演奏会当時もやっぱり雨。
- 村の公民館くらいだと思っていた会場は、立派な最新ホールだった。
- 効果音ゲッ
- 「マジっスか。」
- 「いいホールでしょ。」
- 「こんなすごい規模だったとは…。」
- 「言ったら出ねえだろ。ギョッギョッ」
- 「おはよーございまス!」
- 何だよ、その帽子。
12ページ目
- 「はい!」
- 「はい!」
- 「いぬの人ー」
- 「いぬの人ー」
- 「並ぶっスよー」
- 効果音わんわん
- 効果音わんわん
- 「なるほど。」
- 「顔色悪いスね。」
- 「いやいつもはこんなんじゃないけど」
- 「ああそう?どうだっけ うーん うーん うーん」
- 一方僕はだめだった。
- 効果音カリカリカリカリカリカリ
- 効果音ガタガタガタ
- 効果音ガタ
- 「まーまーこっち来るっス!」
- 「じゃーじゃー」
- 「リバースしちゃうぞ☆」
13ページ目
- 「タイ、曲がってるッスよ。」
- 「ほんとだ。」
- 「ハイ、じゃあ……」
- 効果音ぐっ
- 「それ、あげるっス!」
- 「どうスか。」
- 「...........。」
14ページ目
- 「やけくそで弾けた。」
- 効果音わんわん
- 「わんわんでした。」
- 「やけくそになると楽になるもので、」
- 「わんわんだ。」
- 「わんわんです」
- 「・・・続きましては・・・」
- 「南北高等学校2年村木さんによる・・・」
- 「こういう時って」
- 「ありがとう、がんばってって言えばいいだけなのに」
- 「「ごめん」って言ってしまうのは何故なんだ。」
- 「おいコラ。」
15ページ目
- 村木のピアノは男らしい。
- 明るくて、歯切れがよくて、猛烈なスピードで、ただ何だかザワザワする。よくわからないけれどザワザワする。
- 「それに惹かれた。」
- 「いい・・・・。」
- 「全然ダメねあの子。」
- 「いい加減脱げやコラ。」
- 「雑。」
- 「えっ、そうですか?」
- 「最近ずっとダメなのよねー何かあったのかしら。」
- 土偶の話など知ったことではない。
- ただ僕は、まだ村木のことも、村木のピアノのことも、僕自身のことさえ、何もわかっていなかった。
16ページ目
- 「全然 だめだったスね… 多分受験も… ……。」
- 「レイニー君 あなた 家庭教師!」
- 「村木さん 受験 でしょ。 あなたこれ から大学生でしょ。 そうしよう ありがとう。」
- 「にげるな。」
- 「ね、 村木さん。」
- 「お勉強 は」
- 「イヤ!」
- 村木は、 大人なのか 子供なのか わからない。
19ページ目
- 痛々しい高校生時代の、
- 「こそこそしてしゃがって昆虫どもが。」
- 「関係ないなら外野は黙ってろ。」
- という態度を猛省、きれいさっぱり改め、
- 瞬く間に終了し、
- 改まらず、
- 楽しいコンパ
- 「僕の楽しいキャンパスライフは」
- 「先パイ虫だね。」
- 「やったぜ」
- ……行き詰まった。
- 「レイニーくん、全然わかんないス。」
- 「どこが。」
- 「全部っス。」
- 「そいつは景気いいね。」
20ページ目
- 効果音ピッ ピッ ポッ
- 効果音たっ
- 「おっと。」
- 効果音ぴょぴょぴょぴょぴょ
- 「わー女子高生っぽい。」
- 「いやいや大学生様ほどでは。ハイ。」
- 「イヤミかっシェーっス。」
- 村木は自分のことを話さない。
- 「ずいぶん頻繁だけど、みんなそんなもん?彼氏か何か?」
- 「そーんなんじゃないッス。今そんな余裕ないッスよ。」
- 「また。。。すまんッス。」
21ページ目
- 「レイニーくんはどうなんス?」
- 「彼女とか。」
- 「……ああ……」
- 「いや、すいません。」
- 「それどころではなく。」
- 効果音絶賛四面楚歌中
- 「じゃ、大学で何の勉強してんでスか?」
- 「すいません。」
- 「全く自分でもわからず。。」
- 「く全く行ってない」
- 「……ところで、」
- 「客観的に見て、村木は音大の推薦受かると思う。このままなら。」
- 「あざっス。」
- 「やっぱり志望はピアニスト?」
- 「んん……」
- 「そうスね…でもまあ難しいと思うんで、ダメなら…お花屋さん。お花屋さんでバイトから。」
- 「女の子みたい。」
- 「女の子っス。ピチピチの。」
22ページ目
- 高校の卒業式の後、同級生牧田が言った言葉を僕はまだ忘れられない。
- 「私は君のことそんなに好きじゃない……ごめんね。」
- 村木は素直で明るくて明るいけれど、
- どこかに人を拒む壁があって
- が、……僕はもうどうしようもなく、楽しかった。
- 「……怖かった。」
- 「たまには連弾でもどうっスか?」
23ページ目
- 来月、我が教室主催の親睦パーティーを開催します。
- 「だから上級生三人で内容考えて。ハイお金。」
- 「お金。」
- 「わあお金。」
- 「お金。」
- というわけで、
- 教室で二人きりが多いから、他の人がいるとちょっと新鮮で、ちょっと緊張する。
- ファミレス会議。
- 森ちゃん(高一)バイオリン志望
- 「「あ、村木は他の人間に接する時こんな感じなんだ。」」
- 「へぇやるね森ちゃん。」
- 「彼氏やさしいっ。すごく。」
- 「うりゃ」
- 「やめろ」
- 「色気づきやがって」
24ページ目
- 効果音ぴよぴよぴよぴ
- ぴよぴよ休憩。
- 「レイニーちゃんさ」
- 「……。」
- 効果音ちゅー
- 「……。」
- 効果音ちゅ
- 「うーん?」
- 「…うん。」
- 効果音ちゅー
- 「だよね。」
- 「村木ちゃんのこと」
- 「好きでしよ。」
- 効果音ちゅー
- 「わっかりやすいよねー。ちょっとびっくりするくらい。まあいいけど。」
- 「でもさー」
- 「あの人、色々難しい人だよー。中途半端なのやめてね。」
- 「……よくわからない。それよりここで「うん」と言ったことで、僕はもう後戻りできなくなる。」
25ページ目
- 「ただいまドーーン」
- 「せまいせまい」
- 「何となく自分で言った、」
- 「「うん」の一言で」
- 「マンガのようにドキドキしたり」
- 「次カッ!とかどうスか。カッパ着ぐるみで連弾。」
- 「頬が赤くなることはなく」
- 「僕は自分の気持ちに気がつく。」
- 「村木ちゃんの悪口。なにそれひどっ」
- 「たった5分で僕の世界ははっきりした。」
- 「よしよし頭おかしいの?」
- 「左まぶたの上に小さなほくろがあることに気づいた。」
- 「あごの下に、薄く小さな傷があることに気づいた。」
- 「僕の世界は拡大した。」
- 「何か食べましょー」
26ページ目
- 人を好きになったり 嫌いになったりするたび、 熱を出して寝込んだ。
- 「大丈夫? レイニーくん。」
- 時間の感覚、 日付の感覚が、 次第に薄れていく。
- 携帯もパソコンもない 電話もない 時計もカレンダーもない 連絡手段は 手紙だけ。 その一人きりの時間が、 僕の気持ちを育て、 大きくする。
- 「夢・・・・・・」
27ページ目
- 僕の頭は勝手に回想と整理を始める。
- 村木の顔が浮かぶ。
- 感覚の麻痺した中でじっとしていると、
- 「あれ・・・」
- そこでやっと、自分が村木のことを何も知らないことに気づいた。
- 「色んなことを言いたい。話したい。聞きたい。」
- 根を詰めて、根を詰めて、また具合を悪くする。
28ページ目
- 「書けた手紙は夜中のうちに出しにいく。」
- 「朝が来たら、もう出す勇気はなくなるから。」
- 「えい。」
- 「でも大抵、」
- 「……。」
- 効果音ビリッ
- 「その場で一行に書き直して投函した。」
- 「少し話をしたい。 レイニー。」
29ページ目
- 気分も平静に戻った頃、返事が来た。
- 「「あれ、僕は一体何を話そうとしたのか。」」
- 熱が引いて
- 「8日 PM 4:00 東公園 っス! by 村木」
- ああ、懇親パーティーも家庭教師も無視して失踪してしまった。 ……謝らないと。
- 「何日くらい経ったんだっけ。」
- 「あ。…やあ村木。」
- 効果音ゴッ
- 効果音ぺっ
31ページ目
- 「……で?」
- 「……で?」
- 「……で?」
- 「いや ひどくないッスか。」
- 「一ヶ月も急に どこで 行方不明とか。何してたん スか。」
- 「うーん」
- 「お前のこと 考えてたら熱出て 寝込んだ。」 とは言えんな…。 さすがに。
- 効果音ダスビダーニャッ
- 「……ごめんなさいね、 風が僕のことを呼んだんだ。 よくあることなさ。」
- 「ハァ?」
- こういう時 必ず失敗する。
- 「つとめて あかるく」
32ページ目
- 「……まあ怒ってはいないんスよ……。でも急にいなくなったら、ね、誰だって心配するじゃないスか。」
- 「教室にあったレイニーくんの住所に手紙送ったけど戻ってきたっス。」
- 「あ、アレでたらめ。」
- 「えぇ、何故そんな…?」
- 「なんとなく。」
- 「……レイニーくん、結構一緒にいたのに、」
- 「全然なーんにも知らないもんでスね。」
- それは僕も一緒だよ。
- 「だからこうやって来たんでス。」
- 「村木。」
33ページ目
- 「……。」
- 「まず、急にいなくなったことはきちんと謝罪したい。」
- 「申し訳なかった。」
- 「……それはもういいっス。」
- 「では本題に。」
- 「ええと、そうだねえ」
- 「どう言ったものか……」
- 「さて……なかんずく…」
- 「あの…何も考えてないっスね?」
- 効果音シュポッ
- 「寒い!」
- 「ファミレス!」
- 「レイニーくんのおごりで。」
34ページ目
- 「腹へってたのか…」
- 「ごちでした」
- 「ああパーティーですか?まあ適当に歌って踊って。」
- 「そんな感じ。」
- 「あ、森ちゃんが激怒してた。」
- 「先生割れてた。どこいったアイツはー」
- 「割れて…?」
- 「そ…そう…」
- 「聞きたいの、そういう話じゃないよね。何話せばいいのかな?」
- 「……って……」
- 効果音うにょ
35ページ目
- 「...あのさ、もう結構遅いし、家の人、心配しないかな。 話は今度でもいいよ?」
- 「…………」
- 「本当に今そう思ってる?」
- 「あれ適当?」
- 少し話をしたい。 レイニー
- 「…………。」
- 「思ったこと言いなよ。そのまま。」
- 「適当に言われるとすごく不安になるよ。」
- 「……家の人なんかいない。」
- 「何でもいいから適当じゃないこと、ちゃんと話して。 頭いいんでしょ?」
- 村木の口調が変わる。でも不思議と僕は違和感がない。
36ページ目
- 「……じゃあ。」
- 「……村木は自分の弾くピアノ、すき?」
- 「自分のピアノ?」
- 「知らない、そんなの。」
- 「僕はね、村木のピアノ、とってもすきなんだよ。」
- 大ファン。
- 「……そう。」
- 「何も考えてない。」
- 「…………。」
- 「そうなの?」
- 「うん。」
- 「僕が話したかったのは、それだけだね。」
- 「適当言うなってんなら、」
- 「やっと言えた」
37ページ目
- 「ふうん。」
- 「お説教とかしないんだ。」
- 「男の人みんなすぐ怒るよね。私がイライラしたり態度変えると。」
- 「説教するほどお前のこと知らん。どんな奴とつきあってた。」
- 「説教して欲しいの?だったらこらーとか言うけど。こらー。」
- 「それお説教なの?」
- 「知らん。」
- 「まあねー、その……」
- 「僕はなるべく好き勝手したい。」
- 「ので、お前もわーってしたいならわーってしていい。」
- 「どってことない。」
- 「というわけで……わかった?わかったら帰るか。」
- 「うん。全然わかんないけど。」
38ページ目
- 「あっ言い忘れた。」
- 「私こないだ」
- 「東西音大ピアノ科に無事、推薦合格しまして。」
- 「その節はドーモドーモ」
- 「それはそれはドーモドーモ」
- いやあ大変な時に失踪…
- 「もういいよそれは。」
- 村木の口調は、
- 「「ッス」に戻らなかった。」
- 「「ブランコ」のっていい?」
- 「僕は牧田と、いや誰とでも距離を縮められなかったんだ。」
- 「君はそうやって、人との距離を縮めるのかな。」
39ページ目
- 「村木。」
- 「ん?」
- さっき、 「家の人なんかいない。」 って言ったね。
- ……あ、 うちねーお父さんいなくて。 お母さんもまあ、 帰ってきたり 来なかったり。
- 「いわゆるひとつの カテイのジジョー ってやつだよ。 大した意味ない。」
- 「……そう。」
- 「なぁに? 急に私のこと 気になりだした?」
- 「ね、 レイニーくん。」
- 「そりゃ。」
- 「まあ…… うん。」
- 「思いっきり 押してみて。」
40ページ目
- 「じゃあはい せーの」
- 「おーし」
- 効果音ハッ
- 「……ねえ、」
- 「今ピアノ弾きたい。」
- 「すごく。」
42ページ目
- 「......いいね、僕も弾きたい気分。」
- 「でしょ?」
- 「とは言っても今真夜中だし」
- 「教室なんか開いてないだろ。」
- 「じゃーレイニーくんちでいいじゃん。」
- 「えー......自分ちにもあるだろ。帰って弾けよ。」
- 「ピアー!ピアー!」
- 「だからいいでしょ。」
- 「家どっち?」
- 「あるけど消音機能ついてない。夜中はムリ。」
- 「だからいいでしょ。」
- (サイレンサー)
- 「......んー、」
- 「まあいいけど、じゃあこれ着てくんない?」
- 「えーなんで。そんな重いのやだよー。」
- 「目立つんですよ制服が。これだめな状況だろ。」
- 「誰もいないよこんな夜中&田舎。」
- 「いるんだよウーウー言う車とか。僕はくわしいぞ。」
- 「......鼻水出てるでしょ鼻水。」
43ページ目
- 農道を歩くたび、僕は何度も何度も同じことを思い出す。
- 無表情で、考えが読めない牧田
- 「僕はお前がキライではない。」
- 「知ってる。」
- 僕は一人で盛り上がり、一人で勘違いをし、本当にバカみたい。しにたい。
- 「ごめんね。私そんなにスキじゃない。」
- 一人上手はしょっぱくてすっぱい。
- 僕はいつだって自分を嗤っている。牧田は本当は僕を嗤っていたんだろうか。
- 効果音ピヤーーン
- 村木もやがて僕を嗤うのだろうか。
44ページ目
- 「おー。」
- 「ホントにピアノしかない! どうやって生活してんの。」
- 「まあ 適当に。」
- 「じゃあ…… 僕はしばらく 外をうろうろしてる。 好きなだけ弾いていいよ。」
- 「えーなんで。 一緒にいたらいいじゃん。」
- 「それは色々まずくない?」
- 僕は心にもないことを言う。
- 「下心を見透かされるのがイヤで、」
45ページ目
- 「あーもう、めんどくさいなー。」
- 「私のピアノすきって言ってくれた。」
- 「いつも雑!とか適当!とか褒められたことあんまりないの。」
- 「もっといっぱい褒めて。私が調子に乗るくらい。」
- 「ハイ」
- 僕のピアノを村木が弾いている。全然別のピアノみたい。ピアノが嬉しそう。
- 「3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ二長調」通称「バッヘルベルのカノン」のピアノアレンジ。
46ページ目
- 同じ旋律を
- 僕は後ろから追いかける
- 何度も、何度も、何度も、何度も、たどたどしく、不器用に、誠実に、
- 対話する。
- 「は—」
- 「スッキリした—」
- 効果音もーだめだー
47ページ目
- 「……なーんか」
- 「なっがい一日だったね……。」
- 「久しぶりだよ、こういうの。わるくない。」
- 効果音いそいそ
- 効果音ほい
- 「じゃあ おやすみ」
- 効果音え
- 寝袋の中で、僕は少しも眠くない。
- 現実感もない。
- 全部本当で、だから余計に全部嘘のよう。
48ページ目
- 効果音むく
49ページ目
- 「僕たちはエスパーじゃない。黙ったままでは何もわからない。」
- 「でもね。」
- 「できそこないのエスパーに」
- 「なれそうな瞬間はあるんだ。」
- (溶暗。)
50ページ目
- 「あ、起きた。」
- 効果音チチチ・・・
- 村木はもうあまりに いつもの村木で、
- 「おふろと 洗濯機と パーカー借りたよ。」
- それがまた、僕から現実感を奪う。
- 「ん?」
- 「ねえ・・・ ていうか おなかすいたよう お酒じゃない。」
- 「学校は?」
- 「もう 自由登校。」
51ページ目
- 「お腹すくと腹立つよねー。」
- 「いや…全然。」
- 昨日までとちっとも変わらない距離。近づいてもない、遠ざかってもない。
- 農道。
- 「……ね、手、繋いでいい?農道が終わるまで。」
- 「そんなもんかな。」
- 「えー私と?今??なんで????」
- 「……なーんてねっ」
- 「うりゃ。喜べ。」
- 「あ。俺金持ってない。」
- 「え…私も。」
- 「さてどうしよう。」
54ページ目
- 「久しぶりだな、パラノイアくん。」
- 枝24 同級生(五浪)
- 「名前で呼んでくれよ後生だ枝くん。」
- 「村木がお勉強出来ない子でよかった。」
- 「……で、明日返すからお金貸して。」
- 「村木ス。」
- 「まあどうぞ」
- 「ありがと。しみず。…何これ。」
- 「愛か……。愛だな……。」
- 「俺はお前たちの愛に舞い降りた資本主義の天使というわけだ。フレリアノンジェリコのはよくれ」
- 「昨日ッスよ。」
- 「あーどうだろうつきあってるというかそういうかその辺微妙で」
- 「で、お前たちいつからつきあってたんだ。」
- 「枝くんもどう?」
- 「灰になるぞ。」
- 「僕は喜ぶ。」
55ページ目
- 「ね、さっきはああ言ったけど、」
- 効果音ファー
- 効果音くったくった
- 「……今後、どうしたい?レイニーくんの都合もある。全部なかったことにしてもいい。よ。」
- 「……。」
- 「村木がいいんなら、仲良くしていこう。イヤならいいけど。」
- 「うーん…やっぱそうなるかー…。真面目だもんねー。」
- 「いいの?私すっごいめんどくさいよー?」
- 「平気だよ。」
- 「自分以外は誰だってめんどくさいもの。」
56ページ目
- 「ま、いいや。私は帰る。」
- 効果音唐突に。
- 「ん」
- 「おつかれさん。」
- 「ねえねえ、じゃあ次いつ遊びたい?」
- 効果音今。
- 「えっ?」
- 「もしかして中身すっごい子供なの?」
- 「そうだよ。」
- 効果音ナニヨイマサラ
- 「あのねーそんなんだとあっという間に飽きちゃうんだよ?」
- 「また来る。連絡はしない。そのまま寂しく待ってなさい。じゃあね。」
57ページ目
- 一、春。
- 「僕はますます所帯じみた。」
- 何もしたことがないので何も出来なかったが、
- 根拠のない万能感でいっぱい。村木の与えた万能感。
- 「うーむ」
- 村木は大学生になった。
- 週に何度かふらっとやって来る。
- ……ああ、僕もそういえば大学生だった。
- 「ただいま♪」
- 効果音ピンポーン
- 効果音ヒョコ
58ページ目
- 「髪切ったの?」
- 「うんぼさっり。」
- 「で、大学はどうだい。」
- 「いやー正直もうキツい!先生鬼だしみんな上手いし…」
- 「あーもう何もしたくないよう。なんにもできないよう。」
- 効果音よしよしよし
- 「じゃあ……僕も一緒に行こうか?音大には興味あるし場所どこだっけ。」
- 「ほんと!?」
- 「始発に乗って30分バス乗ってちょっと山登ったとこ!」
- 「日本なのかそこ。」
59ページ目
- 毎日往復6時間。
- 「もう少し大学へ近いところに引っ越してやろうか?と言いかけ、」
- 何だそりゃ、と口をつぐむ。
- 結局自分に何もないから、村木を応援するふりをして、何かしてる気になりたいだけでは?
- 「……僕は一体何をしているんだ…」
- 「授業いってくる!」
- 「いってらー」
- 効果音あぁしにたい
- きみは選んだのだ内側から ひそかにきみ自身を。
- そして 生きるとは 届することなく 選び続けること。死ぬことをも含めて。
- 大学の庭で 清岡卓行
60ページ目
- ピアノしかなかった部屋に生活感が生まれた。
- 時計も電話も、ベッドも買った。
- 食えるものも作れるようになった。
- 効果音よいイーストを入手した。
- 「ピザ焼く。食う?オーブンも買った。」
- 「食うー!」
- 「合い鍵も作った。」
- 「……やさしいね。」
- 「不安になるくらい。」
- 「……ちがう。」
- 「他に何もできないんだ。村木はピアノを弾け。それ以外は僕がやる。」
- 「そんなことないよ、ありがとう……。無理しないで。」
- ゆっくりと劣等感が育ってゆく。
61ページ目
- 村木は時々おし黙って人形みたいになる。
- 僕にはどうしたらいいかわからない。
- わからないので、僕もおし黙って人形みたいになる。
- 効果音ぴょぴょぴょぴょぴょ
- 「あのボンベルだろうな多分。」
- 「でねー」
- 「色々面倒でさー。こっちは受験でそれどころじゃないってのに。」
- 「もーどーでもいいんだけど。」
- ……前の彼氏がね、ものすごく束縛のきつい人だったの。
- 「レイニーくん、ああしろこうしろって絶対言わなかったでしょ。だからすき。すきになった。」
- 「違うんだ村木。」
- 「僕だって本当は言いたいんだ。」
- 「言葉で縛らないでくれ。」
- 「君は優しいからすき。」
- 「優しいだけの人になってしまう。」
- 君のその、優しいところが、すき。
62ページ目
- 村木は次第に僕のピアノを弾かなくなった。
- 「まあ学校の授業が大変なんだろう。」穏やかで幸福な日々が、僕に余裕を与えた。
- 社交的な村木には、すぐ仲間も出来たみたい。大学生活を早々に失敗した僕には、とてもとても眩しく、心の中で応援した。
- 「じゃ行ってきまーす」
- 「村木か。なんだい?」
- 「あのねー今サークルの仲間で飲み会してるのーレイニーくんも来ない?みんなに紹介するー」
- そうやって僕は僕自身に油断してしまった。
- 夕方
63ページ目
- 「どーもー」
- 「こんばんはー」
- 「レイニーくん、こっちこっち!」
- 効果音どーもー
- 「まあまあ一献一献」
- 「みなさんは何のサークルで?創作部?素敵ですね!」
- 「これ作品?拝見します」
- 「わあきれーいすてきー」
- 勘違いブルーハーツ感濃厚なバンドマン先輩2留・6年生。
- 「…なああんたさー。」
- 「僕は村木に社会性のあるところを見せたかった。」
- 「恥をかかせたくなかった。」
- 「よい恋人だと思われたかった。」
64ページ目
- 「なんもわかってねぇなー。フィロソフィーがない。哲学がない。」
- 「インテリちゃんにはわかんねーだろ。俺らマジだから。およびじゃないっての。」
- 「先パイ スゴーイ」
- 「ニーチェ知ってっか?知らねーだろ。永遠回帰知ってるか?知らねーだろ。これだからなーもう薄いんだよなーあー薄っぺらい。」
- 「こりゃだめだ、見込みねーよ。村木ちゃーん こいつ多分だめだよ。口ばっかだ。見限れ 見限れ。」
- 「すいませーん バカでーす」
- 「お兄さんとつきあおーよー お兄さん 音楽もアートもマジよ?マジよ? ダボロジーよ?ニセイズムよ?ニヒリズムよ?どうよ? マジどうよ?」
- 「イヤ 先輩ステキ」
- 「先輩スゴク 勉強ナリマス」
- 昆虫は嫌いだ。どこにでも現れていつまでも僕の、僕たちの、邪魔をする。
- 警察が呼ばれ、飲み会は解散した。僕は失敗した。
- 「黙れ。」
66ページ目
- 「気まずい……」
- 「……何が。」
- 「……あの、 さっきは ごめん。」
- 「いや あの 我慢 できず、」
- 「その…君らの 先輩を…… むにゃむにゃ」
- 「ふうん。」
- 「何が ごめん なの。」
- 「ちゃんと 言って。」
- 「……。」
67ページ目
- 「まあね、」
- 「あの先輩もどうしようもなかったけどさ。 なんだろうね、アレ。」
- 「ああいう人、何言ったって一緒じゃない?」
- 「一生あんな感じで、」
- 「何もできないままだろうし。」
- 「君も、」
- 「思ってたよりずっと子供だった。」
- 効果音きゅっ
- 「私ね、できるなら君とずっと一緒にいたいんだ。 もし君もそう思ってくれるなら、」
- 「私をがっかりさせないで。 ちゃんと考えて、ちゃんと大人になって。」
- 「チャンスはそんなに何回もあげられない。」
68ページ目
- 「わかった? 聞いてる?」
- 「大体さー」
- 「君は人のこと信用しなさすぎだよ。」
- 「私色々あったけど、でも君を選んだんだよ。」
- 「もうちょっと信用してよ。」
- 「......わかった。ごめん。」
- しかしそれでも僕は誰も信じていないし、それに自分自身気づいていない。
- 僕は不安で不安で、いつも不安で、
- 不安だから、絶対に解けないヒモで、村木を縛ってしまいたかった。
- 効果音おなかすいたー
69ページ目
- それでも僕は
- 加速度的に村木に溺れていく。
- 「もう昼だよ」
- 消せない不安をふり払うように、
- 僕の生活は、朝から晩まで村木のことばかり。
- ピアノもアートもどうでもよくなった。
- 疑問はなかった。僕は幸せだったからだ。いや、幸せでなければならなかったからだ。
- そんな晴れたある日。
- 「レイニーくん……」
- 「もしかすると……」
- 「わかんないけど、もしかしちゃったかも……」
- 夢から醒める時が来る。
70ページ目
- 効果音ブッ...
- 効果音ブッ...
- 効果音ブッ...
- 「......あのさ......」
- 「黙って。」
- 「だから!さわんないでよ!」
- 「う…ごめんね、レイニーくん。」
- 「私しばらく家帰る。ちょっと一人にして……。」
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- 村木はその夜家に帰ったが、
- 僕はとても楽観的だった。 大学に何の未練もない。 やりたいこともない。 村木さえいてくれればいい。 20歳の僕の思い込みは 急速に僕の世界を狭くした。
- 翌日から、近所の運送屋でアルバイトを始めた。
- 早く金を稼げる大人になりたかった。
- 午前3時から午後3時まで毎日荷物を運ぶ。 バイトも初めてだったが、悪い気分ではなかった。
- 村木を一人にしては絶対にいけなかったんだ。
- 僕は酔っていた。
- ……だから、気づかなかった。
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- 「はい。」
- 「ああ、森ちゃん。ごぶさた。」
- 「うん…うん。」
- 「3時に公園。わかった。」
- 効果音RRRRR
- 結構まとまった額を稼げた……。生活面はまあなんとか。
- やあ
- 急に森ちゃんに呼び出された。
- 効果音て、てっ てっ てっ
- 「ええ……何ちょっと待って。」
- 相変わらず、僕一人何もわかっていない。
- 「おいちょっとアンタ何してくれてんだ!」
- 「中途半端はやめろってあんだけ言ったろうが!」
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- 「村木ちゃんに大体話は聞いた。」
- 「あの人さー、すごい人なつこいでしょ。だからいつも誤解されるんだけど、」
- 「すっごい臆病もんっていうか、」
- 「人見知りするのよね。」
- 「カテー複雑だし。」
- 「そうだね。」
- 「ピアノがそんな感じ。」
- 「だからさー、あの人すっげーめんどくさくて、言ってることそのまま受け取ってるとどんどんこじれちゃうのよ昔から。」
- 「・・・レイニーちゃん何してたの。連絡もしないで。」
- 「はー・・・何で男はそう飛躍するかねー・・・。もうちょい現実見なよ。何日も村木ちゃん帰ってきてないでしょ。」
- 「・・・ずっとバイトしてた。生活力ないとーとか思って。これから。」
- 「僕は、」
- 「まだ「自分が頑張らねば」という名目で、自分のことばかり考えていたことに気づいていない。」
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- 「……村木ちゃんの前の彼氏の話、聞いたことある?」
- 「……ああ、束縛キツかったって話だけ。」
- 「それだけ?他には?」
- 「…それだけだ。」
- 「……。」
- 「……私、あいつ大っ嫌い。本当、ろくでなしだった。だからさっさと別れろって何度も言ったの。」
- 「村木ちゃんね、」
- 「前、一度子供堕ろしてるの。」
- 「その時もね……あいつ逃げたんだよ。何の連絡もなく。」
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- 「ね、私一回戻るように言うから、」
- 「……あいつまた連絡してきてるみたいなの。もうあいつに村木ちゃんを会わせないで。だめだから。本当。」
- 「お願い…。」
- 「もちろん僕もそう思ったさ、森ちゃん。」
- 聞かなきゃよかった。……いや、聞いてよかったのか。
- でも今、自分が何を考えているか、よくわからない。
- もう誰か教えてくれよ。僕が一体何をすれば僕たちだけが幸せになれるのか。
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- 村木は、
- 「ただいまー」
- 「あ…えっとね…」
- 「そう……」
- 「そう。」
- 「ねえ、さみしかった?」
- 「さみしかった?」
- まるでいつもの村木になって帰ってきた。
- 「まず報告…」
- 「私ね、妊娠してなかったよ。ストレスがどっこう…だって。」
- それはきっと本当のことだろう。でも何だか、僕はもやもやとした。そんな自分もいやだった。
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- 「……こないだ森ちゃんに聞いた……色々。」
- 「あの子はね、彼を紹介したのが自分だから必要以上に気にしてるだけ。」
- 「じゃあその……まだその彼と会ったりしてるのか?」
- 村木のそういう醒めた言葉が
- 「僕を余計に不安にする。」
- 「……結局ね、私の問題なの。私一人の当たり前のことだけど。」
- 「ねえ私、前にちゃんと言ったよね。君を選んだって。」
- 「それでも気になる?知りたい?」
- 「僕は…不安だよ。いつも。急に村木がどっか行っちゃうんじゃないかって。」
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- 長い長い沈黙。
- 「…………。」
- 「うん。」
- 「君は………そうなんだね。じゃあ、ちゃんと話をしよう。」
- 「…私は君のこと、やっぱり、信じることにする。」
- 「あの人。」
- これが結果的に僕に与えられた、最後のチャンスになった。
- 「……呼んだから。」
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- 「なんだこれは……。」
- VII.Epilogue 「僕は僕のことだけを考えている。」
81ページ目
- 「えっと……林田っス。」
- 「どもっス。」
- 効果音レイニーです。
- 「林田くん、お花屋さんなんだよ。詳しいの。」
- 「へぇ……」
- 「そうスね…でもまあ難しいと思うんでダメならお花屋さん。お花屋さんでバイトから。」
- 「そうか…アレはコレか……」
- 「よくわかんないっスけどどぞよろしくっス!」
- 効果音この口調……
- 「おはよっス!調子どうっスか?」
- 「これもコイツからか……」
- 効果音……。ひどくイヤな気分だ。
82ページ目
- 「私ね、できるなら君とずっと一緒にいたいんだ。もし君もそう思ってくれるなら、」
- 「私をがっかりさせないで。ちゃんと考えて、ちゃんと大人になって。」
- 「チャンスはそんなに何回もあげられない。」
- と言った村木の、
- 「「ちゃんとした大人」が一体何なのか、」
- 「僕にはさっぱりわからず、」
- 「どした?、」
- 「うんうん」
- 「うんうん」
- 「そうだね」
- 「そうだね!」
- 「暖味で、暖味にて暖味な態度。」
- 「うん」
- 「黙って林田を叩きだすべきか、」
- 「二度と村木に近づくなとでも言うべきか、」
- 「笑って友達にでもなるべきか、」
- 効果音保留。
83ページ目
- 「僕は保留に保留を重ね、」
- 「中途半端にものわかりよく」
- 「何の意味もないことをしゃべり続けた。」
- 効果音ペラ ペラ ペラ ペラ
- 「話題なくなったね。」
- 「最後にお願い。林田くんと二人で話しさせて。」
- 「え……。」
- 「お願い。」
84ページ目
- 「………………。」
- 「…すぐ済む…。」
- 僕はこうして自分の部屋から出て、
- 目の前の駐車場の、自分の車の中で、
- 効果音パタン
- 「速く話終わって林田が帰らないかな。」などと、考えていた。
- この時点でさえも。
- …………昆虫は、自分だった。
85ページ目
- 「村木の考えていることは、僕にはわからない。」
- 「僕はただ、時々ふとさみしそうな顔をする村木を、その顔の理由を、知りたかった。」
- 「村木に近づく悪意を、僕の力でははねのけてしまいたい。」
- 「その力がほしい。強い力がほしい。村木がそんな顔をしなくていいように。」
- 「その顔は、僕自身に向けられたものだった。」
- 「レイニーくん」
- 「レイニーくん」
- 「でも、」
86ページ目
- 「行かないでよ」
- 「……ハルカ。」
- 初めて、 本当に 初めて、
- 村木ハルカを 名前で呼んだ。
- 僕はこの期に及んで
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- 「なにそれ。どうしたの?急に名前で呼んだりして。」
- 「いや…もう?ハルカを一人にしないから…考える…ちゃんと…考えるから、頑張る、もっと頑張る……だから、行かないで、ここにいて、僕が悪かったから、全部何も考えてなかった、自分のことしか考えてなかった、僕が悪かったから、ごめん、だから、ごめん、だから」
- 「うん、私は帰るね。」
- 「で?」
- 「あ…だから…で?」
- 「ふうん。」
88ページ目
- 「村木ハルカは、行ってしまった。」
- 僕はただじっとしていた。何分、何時間、何日、何週間、そうしていたのか、覚えていない。なんて、それは格好つけすぎだ。せいぜい半日か1日だろう。
- しばらくして、再び村木から連絡があった。普通の口調だった。何事もなかったみたいな、口調だった。
- 「あ、うん。」
- 「……そう。うん。」
- 「…わかった。」
- 僕は、ありもしないお花畑を、一人っきりでずっと歩き続けていた。
- 僕は、心のどこかで、また村木が戻ってきてくれるかも、もしくは、友達としてやり直してくれるかも、と思った。
89ページ目
- 効果音かたん...
- 効果音かたん...
- 「しんまなべ」
- 「しんまなべ」
- 通過列車を...
- 効果音ふしゅー
- 効果音かたーん
- 効果音かたん...
- 効果音かたん かたん...
- 効果音かた...ん
- 効果音かた...ん
- 効果音かたん かたん
90ページ目
- 「あの……勝手に話していいかな。最初から。思っていること。」
- 「……。」
- 「……。」
- 「最初はね……教室の外を通りかかって、」
- 「平均律をハルカが弾いてて、それで……」
- 「村木は何も話さない。」
- 「僕はしばらく、村木の話をした。正直に。ゆっくりと。」
- 「それで……」
- 「あの時、自分が学生なのが嫌で…バイトしてた。」
- 「これ……生活力があると思われたかったんだ。」
- 「……ごめんな、一人ぼっちにして。引き止めるか追いかけるかすればよかったんだ。とても後悔してる。」
- 効果音ゴッ
91ページ目
- 「……色々言いたいことはあると思うけど…」
- 「僕は……」
- 「ハルカにいて欲し…」
- 効果音ガッ
- 効果音スッ
- 効果音ぷしゅー
- 「何だそれいつまで酔ってんだ。 来なきゃよかったよ!」
- 「バッカみたい!」
- 「大っ嫌い!!」
92ページ目
- 「僕はバカか…」
- 「全部終わってからやっと考えだす…」
- 「こんなことになる前にちゃんと考えればいいだけなのに……何故それが出来ないんだ。」
- 「何がだめだったのか、よくわからない。あんな急に……急に、でもないか……」
- 「大っ嫌い!」
- 「僕は嘔吐する。何度も何度も叫ぶかわりに。」
- 「これで終わってしまった、ということだけは いくら僕でもわかる。ああそうだよ。どうせ僕は誰の気持ちもわからないさ。」
- 「ほっといてくれ。誰もいないけど。」
93ページ目
- 「いや、思ったより哀しくない。……なんか普通だ。吐いたから?それとも……」
- 効果音オェッ
- ほんとはそんなにすきじゃなかったのかな
- 「レイニーくーん♪」
- 「僕はバカか……ないない!ないわー。」
- 効果音ハイ ただいまー
- 「………。」
- 「おかえりレイニーくん!」
94ページ目
- 「「思ったより哀しくない」」
- 「「そんなすきでもなかったのかな。」」
- 「ね。」
- 「あ、気づいた。」
- 「ん?」
- 効果音♪
- 「そんなわけあるかバカ野郎。」
- 「すごく。」
- 「もういいっ」
95ページ目
- 留守番電話が入っていた。
- 「・・・うまくいかないね。」
- 「でもね、私ね・・・」
- 「あ・・・うん、ごめん・・・」
- 効果音ピー
- 「・・・バイバイ・・・ハセガワくん。」
- 効果音ガチャッツーッーツーッー
- 「・・・なんだよ。それ。」
- 「・・・って関係ないか。」
- 「・・・それだけ。」
- 「・・・さっき叩いちゃってごめんね。」
- 「林田君とはもう何もないよ。」
- 「・・・・・・・・・・・・」
- 「・・・・・・・・・・・・」
- 「・・・私ね、もうそこへ行かない。会いにも行かない。」
- 「・・・くん・・・」
- 「パッ。パッ。」
- 「公衆電話・・・・・・。」
96ページ目
- 「村木ハルカが運んできた」
- 「僕の部屋の生活感は、」
- 「しばらくして、」
- 「全て失われた。」
97ページ目
- 月日は百代のどうのこうの。
- 「先輩がすきっス!」
- 「だいすきっス!」
- 「軽いな お前……」
- 「えぇ……」
- 「軽いっス!軽さが持ち味っス!」
- 僕は村木ハルカに、最後まで一度も好きだと言わなかった。言ったかもしれないが、覚えていない。そのダメージは、僕を激しく別人に作り変えた。
- 効果音せんぱい せんぱい しあわせ♪
- 「あ、うるせー」
- 「彼氏いる。別れる予定もない。」
- 「お前知り合って間もない癖にテンション高いなー 頭おかしいのか?」
- 「まあまあ、いーんスよ、俺のことは。」
- 「すきだからすきでいいっス。あ、でも彼氏と別れるのもいいッスね別れようありがとう。」
- 「よー アイデアだ。」
- 「……全くわからん。」
98ページ目
- 「結局何が好みなんだ。ちゃんとしゃべれ。」
- 「先輩みたいな人っス!」
- 効果音キラーン
- 「ちかいちかい」
- 「あっそ」
- 「……お前それわざとやってんだろ。」
- 「さあー?」
- 「まあでも先輩みたいな人か」
- 「まだ言うか。」
- 「……ピアノ。かなー。」
- 「ピアノ?お前が弾くの?想像つかん。」
- 「どーでしょー。」
- …意味のあるなしはともかくとして
- 「私はピアノなんぞ弾かん。」
- 「先輩はいいんスよ!かわいいっス!発狂しそうっス!」
- 効果音音楽嫌い
- 長い長い空白を越え改めて私は言おう。
- 私は
- 君のピアノが
99ページ目
- 村木ハルカが、好きだった。
















































































































