page
はじめに
ものくろデイズ(旧 青春モノクローム)の読み方、作品の前提、作者について。
このサイトについて
「ものくろデイズ(旧 青春モノクローム)」は、主に作者の思春期から結婚するまでの10年間を、日記と記憶をもとに描き続けている漫画・イラストのサイトです。
1991年ごろの高校生活を中心に、2004年ごろまで。恋愛、孤独、創作、友人関係、当時はうまく言葉にできなかった気持ちを、1ページ漫画や短い連作として残しています。
最初から順番に読むための物語ではなく、時系列はばらばらです。昔の個人サイトや詩集をめくるように、気になった人物、時代、感情から眠れない夜に時々読んでもらえれば十分です。
まず読むなら
新着順で読む
毎日の漫画・イラストを新しい順に読めます。旧 main ページ風に読む
以前の一覧に近い見た目で、作品をまとめて眺められます。高校編から読む
1990年代前半の美術部、演劇部、同級生との記憶が中心です。大学編から読む
京都での学生生活、創作、オズ先輩や村木たちとの時間が中心です。検索して読む
人名、言葉、感情、タグから探せます。断罪動物!家内ちゃん
本編とは少し違う、夫婦と生活のシリーズです。
作品の前提
登場人物は実在の人物をモデルにしていますが、個人を特定できる情報は変えています。出来事は当時の日記や記憶をもとにしつつ、漫画として読める形に整理しています。
描くときの基本ルールは、次の3つです。
- 青春や恋愛については、出来事から20年以上経ってから描く。
- 時系列どおりに並べることを目的にしない。
- 事実とまったく異なる結末にはしない。
このサイトで描いているのは、立派な青春や成功談ではありません。誰かを好きになること、自分を持て余すこと、人とうまく関われないこと、それでも関わりたいと思うことの記録です。
作者について
| ハンドルネーム | 長谷川レイニー |
|---|---|
| 生年月日 | 1974年生 |
| 出身地 | 三重県鈴鹿市 |
| 職業 | フリーランスweb技術者 / デザイナー / 専門学校講師 |
| 学校 | 同志社大学文学部除籍 / 専門学校デザイン科卒 |
| 専門 | 美学・芸術学・哲学 |
フリーランスの web 技術者、デザイナー、専門学校講師として働きながら、日々漫画とイラストを描いています。
描き始めた理由
僕は1970年代生まれで、平成元年には中学2年生でした。インターネットもスマートフォンもなく、携帯電話さえ影も形もなかった時代に、三重県鈴鹿市で小・中・高校時代を過ごしました。
近所の同級生とはうまく馴染めず、ままごと遊びや折り紙、あやとりのような、どちらかといえば女の子の遊びを好む子どもでした。一人で庭に出て虫を集め、顕微鏡で観察するのが日課で、そんな自分に疑問も持たず、ただ静かに日々を過ごしていました。
私にとって「青春」という言葉は、その時には理解できなかった、遠く過ぎ去った時間を振り返るための言葉です。学生時代、私はいつも「なぜ、僕はここにいるんだろう」「僕は、誰なんだろう」と考えていました。
楽しいという感情はあまりなく、居心地の悪さばかりがありました。同級生が夢中になっていたファミコン、部活動、体育祭や文化祭にもなかなか入っていけず、無理に参加すれば浮いて傷つく。その繰り返しの中で、私は1対1の深い関係だけを求めるようになりました。
けれど田舎の横のつながりや、噂の広まりの速さは苦手でした。逃げたくなる毎日の中で、誰にも話せない苛立ちや孤独を、ひたすら日記に書いていました。
何を残したいのか
このサイトは、そんな極私的で断片的な思春期の記録を、漫画という形でアーカイブするために作りました。
いわゆる「リア充」でも、「引きこもり」や「オタク」として自虐的に笑える存在でもなかった私は、ロマンチックな恋愛や感動的な友情とは無縁でした。
それでも、砂を噛むような日々の中で、人を好きになり、「好き」とは何か、「つきあう」とはどういうことか、人と人が関係することそのものに、必死で向き合っていたように思います。
この10年ほど、私は毎日1ページ以上の漫画やイラストを描き続けてきました。それは過去の自分を肯定する行為であり、同じように生きづらさを抱えていた誰かに届いてほしいという祈りでもあります。
最後に
僕は誰を好きだったのか。
自分だけを好きだったのか。
それでも、きっとまた、君を好きになる。
何も特別なことはなかった青春の蹉跌に、少しでも共感したり、感傷的な気持ちになってもらえたなら、これ以上の喜びはありません。