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はじめに

ものくろデイズ(旧 青春モノクローム)の読み方、作品の前提、作者について。

このサイトについて

「ものくろデイズ(旧 青春モノクローム)」は、主に作者の高校時代から結婚するまでの10年間と、その後の夫婦の暮らしを、当時の日記と記憶をもとに描き続けている漫画・イラストのサイトです。

1991~3年の高校生活、1994~2000年の大学生活、2001~2004年までの専門学校生活の中で、恋愛、孤独、人間関係、当時現在進行系ではうまく言葉にできなかった気持ちを、50代を過ぎた今、1ページ漫画や短い連作として残しています。

最初から順番に読むための物語ではなく、時系列はばらばらにしてあります。詩集をめくるように、気になった人物、時代、感情を眠れない憂鬱な夜に時々読んでもらえれば幸いです。

最初に読む

大学編(1994) 「村木」(2016) 2016年、初めて描いた漫画。大学入学後の燃え尽き感から、近所のピアノ教室に偶然通うことになった僕は一人の高校生村木と出会う。自分語りマンガを描くきっかけになったノンフィクション漫画。 高校編 「そのせつはごめいわくありがとう」(2020) どうしても演劇部マキタのことを忘れることの出来なかった僕が、高校の卒業式のあと、とった行動とその後の話。 高校編 「そのせつは-2026」(2026) 「そのせつは。」のスピンオフとして描いた前日譚。「好き」を自覚してから僕の行動は自分でもよくわからないものに変わっていった。自分の気持ちを素直に表現できなくて変な行動をやめられない僕と、同じく …
  • main
    全ての漫画・イラストを新着順に読めます。

  • ものくろデイズ高校編
    三重県鈴鹿市を舞台に、高校2年生から卒業までの美術部とその周辺の文化部の話。

  • ものくろデイズ大学編
    京都を舞台に、同志社大学入学から除籍になるまでの6年間の話。

  • 断罪動物!家内ちゃん
    東京に移り、結婚してからの家内ちゃんとの生活をギャグ漫画で描いています。

  • 検索bot
    人名、言葉、感情、タグから探せます。

作品の前提

登場人物は全員実在の人物ですが、個人を特定できる情報は変えています。顔形はなるべく似せないように頑張っていましたが、そっくりになってしまった人物もいます(マキタのように)。

出来事は当時の日記や記憶をもとにしつつも、客観性ではなく私個人のおきもちを最優先にしています。

描くときの基本ルールは、次の3つです。

  • 青春や恋愛については、出来事から20年以上経ってから描く。
  • 時系列どおりに並べることを目的にしない。
  • 事実とまったく異なる結末にはしない。

このサイトで描いているのは、立派な青春や成功談ではありません。誰かを好きになること、自分を持て余すこと、人とうまく関われないこと、それでも関わりたいと思うことの記録です。

作者について

長谷川レイニー

ハンドルネーム長谷川レイニー
生年月日1974年生
出身地三重県鈴鹿市
職業フリーランスweb技術者 / デザイナー / 専門学校講師
学校同志社大学文学部除籍 / 専門学校デザイン科卒
専門美学・芸術学・哲学

フリーランスの web 技術者、デザイナー、専門学校講師として働きながら、日々漫画とイラストを描いています。

描き始めた理由

僕は1970年代生まれで、平成元年には中学2年生でした。インターネットもスマートフォンもなく、携帯電話さえ影も形もなかった時代に、三重県鈴鹿市で小・中・高校時代を過ごしました。

近所の同級生とはうまく馴染めず、ままごと遊びや折り紙、あやとりのような、どちらかといえば女の子の遊びを好む子どもでした。一人で庭に出て虫を集め、顕微鏡で観察するのが日課で、そんな自分に疑問も持たず、ただ静かに日々を過ごしていました。

私にとって「青春」という言葉は、その時には理解できなかった、遠く過ぎ去った時間を振り返るための言葉です。学生時代、私はいつも「なぜ、僕はここにいるんだろう」「僕は、誰なんだろう」と考えていました。

楽しいという感情はあまりなく、居心地の悪さばかりがありました。同級生が夢中になっていたファミコン、部活動、体育祭や文化祭にもなかなか入っていけず、無理に参加すれば浮いて傷つく。その繰り返しの中で、私は1対1の深い関係だけを求めるようになりました。

けれど田舎の横のつながりや、噂の広まりの速さは苦手でした。逃げたくなる毎日の中で、誰にも話せない苛立ちや孤独を、ひたすら日記に書いていました。

何を残したいのか

このサイトは、そんな極私的で断片的な思春期の記録を、30代から40代、50代へと生活が変化する中で、漫画という形でアーカイブするために作りました。

いわゆる「リア充」でも、「引きこもり」や「オタク」として自虐的に笑える存在でもなかった私は、ロマンチックな恋愛や感動的な友情とは無縁でした。

それでも、砂を噛むような日々の中で、人を好きになり、「好き」とは何か、「つきあう」とはどういうことか、人と人が関係することそのものに、必死で向き合っていたように思います。

この10年ほど、私は毎日1ページ以上の漫画やイラストを描き続けてきました。それは過去の自分を肯定する行為であり、同じように生きづらさを抱えていた誰かに届いてほしいという祈りでもあります。

最後に

僕は誰を好きだったのか。
自分だけを好きだったのか。
それでも、きっとまた、君を好きになる。

何も特別なことはなかった青春の蹉跌に、少しでも共感したり、感傷的な気持ちになってもらえたなら、これ以上の喜びはありません。