2021年1月76P
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「業。」
楽しい時には楽しい絵を描こう、じゃなくて、
勝手に楽しい絵になるんだ。
演出なんか何も考えていない。
デッサンも構成も見せ方も知らない。
暗い時は暗い絵に、
明るい時は明るい絵に。
絵を描くことなんか何も特別なことなんかない。
「そりゃブラックと言えばブラック。」
ラジオだ、というのがポイントで。
こんなの自己満足なんですよ。
ラジオなんだから車で街まで降りて
花屋から中継するとか、
いくらでも代案はあってね。
平日昼間のAMラジオなんて
誰も聞いてやしないしな。
でもねえ、イヤだったんですよ。
僕イヤなんですよ。
みんながいやがる、
どうでもいいことほど頑張っちゃうんですよ。
25年前のお話です。
「卒業しても。」
先輩は変に気を持たせたりするようなことは
絶対に言わなかった。
社会人というのは、
こんなにも余裕のなくなるものなのか、と
思いつつ、
あかん、本気にしたらあかん、
みたいなことをずっと思っていた気がする。
「会話。」
歳くうと日常会話のほとんどが
いてててて
になる。
「バーカバーカ。」
僕の故郷では「アホ」は言いますが「バカ」はほとんど使いません。
マキタも僕もたいていの場合は「アホやな」です。
だから時々何の基準か使い分けて用いる
「バカ」
には何かしら強い意味がこめられているようで、
嫌われていっているのに
なんだか嬉しかったり、
ああ、キモい。
「僕は『彼女のいる僕』が好きだっただけ。」
人に嘘をつこうと思ってつく嘘を
僕はそれほど悪いことだと思っていない。
詐欺師にも色々いるが、
自らの目的と理由に基づいて、
確固たる嘘をつき続ける詐欺師を、
僕は嫌いでない。
それよりも。
本気の方がたちが悪い。
本気の人間は、その本気の嘘を認めて引っ込めることができない。
僕は嘘つきが嫌いだ。
嘘を嘘だと思っていない嘘つきが嫌いだ。
「悟り。」
俺は一体何日起きているのだろう。
「僕は就職というものをしたことがない。」
就職などせず僕は最初からフリーランスで仕事を始めた。
と書けば格好いいが、違う。
就職できる能力がなかっただけの話なのだ。
そういう意味で、僕には「就職できなかった」という劣等感がいつまでもつきまとう。
先輩が卒業してからも、
僕は時々会いにゆき、
愚痴や大人の事情を聞くかたわらで、
夢のようなポエムのようなことを話し続けた。
そんなできの悪い弟のような僕を、
先輩はどんな気持ちで見ていただろうか。
僕が29歳で結婚するまで
先輩とのやりとりはほそぼそと続いた。
僕はやっとそこで大人になり、週に何日かとは言え、
先生という安定した職を得て、
ろうそくの灯が消えるように
先輩との関係は途絶えた。
「ぱぴぷぺ!ぴくちゃん。」
特に明記してないんですが、
枝くんやぴくちゃん、その他大学生活編で出てくる人物たち(もちろん実在します)は、
同じ大学なわけですが、
ということは当時の偏差値で言えば
みな70代前後でそこそこ優秀な人のはずなんですよ。
狂います。
狂いますねえ。大学生活って。
そこを踏まえて読むと更に困惑の度合いが増して
面白いです。僕はね。
「きもちのわるさ。」
僕の本質的なきもちのわるさは、
言おうと思っていたことを言われてしまうと、
反射的に反対のことを言ってしまうきもちのわるさだ。
つきあいたい、一緒にいたい、
さわりたい、
でもそれは僕が思ってはいけないことなんだ、
などと、勝手に話をマイナス方向に進めたがる。
なんなん?
と問われて、自分から全部壊しにかかる。
素直なのが一番いい。
「枝くんと僕と津軽。」
太宰の斜陽館がまだ宿泊業を行っている時代の話です。
文学散歩として、小樽出身の枝くんをガイドに、
北海道から青森、岩手、秋田、宮城と、
文学碑を訪れる2週間くらいの旅行をしました。
まあそれはそれで思い出に残っていますが、
やっぱり僕は文学碑よりも人、その辺の人が好きなので、
高校生かな、女の子が財布拾ってくれたことの方がよく覚えています。
枝くんは漫画に描くと最低ですが、
本当はいいやつなのかどうか、僕も知りません。
「さようなら。」
僕はあれ以来、あんな強い無表情を見たことがない。